映画『ジャンプ』

先月、テアトル新宿へ『きょうのできごと』を観にいった際、館内に置いてあった次回上映のこの作品のフライヤーがすごく印象に残っていた。 泰造さんが、リンゴを片手に心許ない顔でこちらを見ているという画。
きょうは、仕事が予定どおりに進まなくて、まともな雨が降ってるのに傘はなくて、そのうえ家に着いたらドアに鍵がかかってて、家族も出かけてたみたいで、バッグに鍵は入っていなくて・・・という空振りが続いた。 そしたら急にあの泰造さんとリンゴの青に赤の画を思い出して、そうだきょうは水曜日だ、ってそう思ったが早いか駅に戻ってもう一度新宿に引き返していて、映画館手前のファミリーマートでおむすびと蓮花茶を買って、テアトル新宿の階段を降りていくと本日の最終上映の、ちょうど予告編が流れている頃だった。
映画はね、すごく良かったですよ。原田泰造というこんなにいい役者、いつのまに育ったんだろうって興奮したし、演出も泰造さんの魅力を最大限に引き出してくれていました。
【ストーリー*1】―――ある夜、自分のためにリンゴを買いに出かけた彼女が、そのまま姿を消してしまった。彼女が残した手がかりの点を、少しずつつないで線にしていこうとする三谷(原田泰造)。 線がつながっていく、このまま彼女まで届くんじゃないか、またすぐに会えるんじゃないか、と期待が膨らむたびに手がかりは途絶え、つながってはまた途絶え・・・のくり返し。 三谷は、線がつながらないもどかしさの中で、ふと、彼女が失踪した“理由”とは何か、自分が愛していた彼女が本当は何を考えていたのか、自分は本当に彼女を愛せていたのか、を考えていた―――
彼女の足跡をたどりながら手がかりのパズルを埋めていくという三谷の旅に同行するのも楽しいのだけど、それよりも、泰造さんのしぐさのひとつひとつが色っぽくて見惚れてしまう2時間。  向き合っても視線が合わず、どこか遠くを見ているような彼女を不安げに、でもいとおしく見つめる目。 ペットボトルから吸うように水を飲む唇。 彼女の白くて細いうなじを包む大きな手。 彼女を失くしてからの虚脱感あふれる背中。
映画は冒頭10分ばかりのところでもう彼女がいなくなってしまい、以降はほぼ、この不安げな表情の原田泰造1ショット中心でスクリーンが流れていくのだけれども、しかし彼はカメラの前でもまったく気負っておらず、スクリーンという広さにも負けておらず、その自然な動きや揺らぎのない存在感は、原田泰造というタレントの、これまでのプロフィールをすっかり忘れさせてしまうほど。
そんな自然体の原田泰造と対照的だったのが牧瀬里穂。 みはる(苗木優子)が失踪してからずっと低調だった三谷の空気を、突き破るような鈴乃木(牧瀬)の甲高い声、ハキハキとした口調。そのあまりのハツラツぶりに、申し訳ない、はじめは「いまだにこんな元気印のアイドル演技でイケると思ってるのかこのヒトは」と牧瀬里穂の演技を低く評価してしまった私である。けれどストーリーが進むにつれて、この鈴乃木の元気印の“理由”もだんだんと浮かび上がってきて・・・。それは単純なイイコちゃんの持つ明るさではなく、もっと深くて暗いものを抱えているときに湧いてくるボルテージ。 そういう暗くて強い明るさを出せた牧瀬里穂も見事だったし、彼女をキャスティングし演出した竹下監督も、よくぞ!と拍手を送りたくなる。
失踪した彼女・南雲みはる役の苗木優子も、その透明感のある肌や、どこか納得していないような眉と口元、伏目がちながらも力強い目などが、あとに残された人たちの疑問や不安をよりいっそう刺激しているように映っていて、これもナイスキャスティング、ナイス演出、ナイス演技。
そのほか、仕事熱心なあまり、虚脱している三谷に対して素直に反感を抱く松永(光石研)、妹が失踪した不安といらだちを初対面の三谷に押し付けるみはるの姉(鈴木砂羽)などが良かった。 流木芸術家の江ノ旗を演ずる伊武雅刀は、ちょっとものわかりが良すぎて芸術家とは違うんじゃないかなー・・・とも思ったけど、これもあとに続く三谷との応酬で、どうしてこの人がこんなにものごとを受け入れられるのかがわかって納得のキャスト。
原作は「本の雑誌が選ぶ2000年度のベストテン第1位」に輝いたそうで、あの椎名誠編集長たちもウンウンうなずいたのかと思うと、ますますこの作品への評価は上がる。ちなみに映画のパンフレットで原作者の佐藤氏が「本当は脚本も自分で書くつもりでいて、その場合は冒頭シーンをこんなふうに始めたかったのだけれど・・・」と明かしていたのだけど、佐藤氏が考えていたイントロダクションは少し説明が丁寧すぎて、今回感じたラストの驚きはなかっただろうな、と思う。やはりこの作品はこれで完成しているんだな、と。
いやぁ、久しぶりにいい映画を観ました。映画冒頭、中華料理屋での三谷とみはるのはにかんだ肘のつつき合い、これを観ただけで「あ、来て良かった」って思えたもの。 きょうが空振り続けたのもコレ、縁だったのだわ。
それにしても芸能人というのはテレビだけでもあんなに忙しそうなのに、よくまぁ主演で映画に出られるものだよ、と感心することしきり。この映画なんて、失踪した彼女を捜しに行くわけだから泰造さんもほとんどロケだし。
6月にはくりぃむしちゅー主演の映画も公開されるけど、あれもあの多忙の中でどうやりくりして撮影したのかなんて、せっかく休みができても昼に起きてきて夕寝して夜も普通に寝てしまうような私には到底考えつかないや。
あ、ワタナベつながりでピーピングトムの桑原さんと青木さやかさんが出てます。彼らのことも捜してください。捜すまでもなく、結構しっかり役を演じてますが。

*1:適当なんで、本当の内容はご自身の目で確かめてみてください