野球の神様がチケットサイトを

 目が覚めて即「お祭り行きて〜」と声に出して言う。すでに起きていた夫から「週末に神宮の花火あるよ」との声が返ってきた。花火か。いいな。

 枕元のiPhoneをつかみとって布団に仰向けのまま調べる。神宮花火大会の球場座席チケットは完売しており、神宮花火が見られることをウリにしているビアガーデンも当日は予約で満席とのことだった。

 さっきまで神宮花火大会の開催すら知らなかったのが、いまは花火欲にすっかり火がついてしまい、何がなんでも打ち上がらずにはいられなくなった。こうなったらヤクルト戦の合間の300発の花火でもいいから観にいくか。といってヤクルトスワローズのチケットサイトをひらいてみるも早朝のメンテナンス中で、我に返る。これは野球をわからないわたしが不純な目的(花火目的)でのこのこと神聖な試合を観にこないよう野球の神様がチケットサイトを休止に見せかけているのだろう。あきらめて起き上がる。

 朝食。夫はイングリッシュマフィンにハムとレタスとトマトをはさんだサンドイッチをこさえてくれた。アイスカフェオレとともにうまいうまいと食べる。

 

 出社。オフィスのコーヒーマシンの、ちょっといい豆を使っていると謳っている高いほうのコーヒーのボタンを押し、Suicaで支払う。マシンの中で豆が挽かれ、挽かれた粉にお湯が落ちていくのをぼんやりと眺めているところでハッとした。カップをセットしていない。注文ボタンを押す前に自分でカップをセットする方式なのだ。あわてて未使用紙カップをとりだしマシンにセットしようとするも、カップを置くところの透明プラスチックカバーは、支払ったが最後、コーヒーをいれおわるまで開けられないようになっているのだった。カバーの中で、いれたてのコーヒーがまっすぐ虚空に落ちていく。今日はもうだめだ。

 うんうん唸りながら打ち合わせと作業を往復し、13時半によぼよぼと昼休憩へ。エレベーター待ちのあいだにiPhoneをひらくと夫から「神宮花火が見られるビアガーデン、ちょうど空きが出たみたいで席とれたよ」とメッセージが届いていた。カッと全身に活力がみなぎる。夫は魔法使いか?

 18時からの打ち合わせで「あさって木曜朝までに一部を仕様変更してほしい」と急に相談される。変更しないとこんなに困ると説得され、くぬやろーという気持ちで「やりましょう!」と大きな声でうけたまわった。19時に席に戻ると、別の業務の「明日まで」の要件追加を申し訳なさそうに上司から言い渡され、こちらもヤケになって「やりましょう!」と答える。やってやる。これを乗りこえたら連休で、土曜には花火を見ながらビールを飲む俺だ。ただ今日はもう帰る。20時退勤。

 

 帰宅すると夫は韓国のアイドルオーディション番組『R U Next?』を見ながら冷麺の準備をしていた。具材は切ってあり、あとは麺を茹でるだけの状態。いそいでシャワーを済ませ、食卓につく。わたしは冷麺が大好物なのだ。うめえ〜と唸りながら麺をすする。

 夕飯のおともにPodcast『古賀ブルボンの採用ラジオ』最新回vol.44を聞いた。『ドクターマリオ』の話。ドクターであるマリオの、医師としての異常性。薬をやたらとくれるし、瓶の中の様子をまるで考慮せずに薬を投与してくる。あのマリオは果たしてプレイヤーの味方なのか?と。そこからファミコンゲームたちが究めた二次元描画の愛嬌演出についてなど、ゲームコラムニストでもあるブルボン小林さんがじっくり語っていて聞きごたえがあった。これは「聞く『ゲームホニャララ』」だ。ブルボンさんが漫画の話をしているのはラジオでもよく聞いてきたが、ゲーム語りを音声で聞くのは、自分は今までなかったかもしれない。

 番組では、古賀さんの息子さんが中古ゲームショップでミニファミコンを手に入れてきて、その収録ソフトに『ドクターマリオ』があり、古賀さんが昔取った杵柄でやりこんでいるという話から先のような医師マリオのわからなさで盛り上がったのだった。わたしは長嶋有の短編小説『古いひさし』をおもいだし、掲載誌の『飛ぶ教室』51号(2017年秋号)を本棚から抜きとる。何度も読み返している大好きな短編だ。本棚にしまいきれず押し入れや天袋にしまいこんだり床置きしている本や雑誌もあるなか、『飛ぶ教室』51号が挿さった本棚の位置はおぼえていて、いつでもさっととりだせる。また読む。

 『古いひさし』では、主人公の小学生男子が中古ゲームショップでみつけたモノクロのゲームボーイ本体とそれであそべる初代のポケモンに惹かれ、だが自分の財布の中身では買えない値段で、店に連日かよってはガラスケースの中のそれらを眺める。この主人公が、母親にたのまれた食材のおつかい中、たのまれていないマッシュルームが以前見たときより(そのとき一緒にいた母が買おうか迷っていたときより)ずいぶん安くなっていることに動転して、自分が欲しいわけでもないのにマッシュルームを買おうかどうか逡巡する場面がどうにも好きなのだ。

 読み返して、「ポイント3倍」ののぼりが出てくるな、と気づいた。先月でた『群像』8月号掲載の『トゥデイズ』には「ポイント◯倍」ののぼりについて丹念に書かれていたのがおかしかった。

 

 入院中の79歳の母からハガキが届いていた。今後も元気に歩けるように膝を強くするための一ヶ月入院と聞いているから、娘としては何も心配していない。「入院中に書こうと思っていた各人への手紙も書ききった。本も読みきった。退屈だから何かブルーレイを見繕って病院にレターパックで送ってほしい」との内容。送り方まで指定してきてる。元気そうだ。