肉を食べるひとの俳句

日曜の夜、友だちのTさんと、新宿の、同じホームでそれぞれ逆方向の電車を待っていた。ひととおりの話題が落ち着いて、お互いあと3分もせずに電車が来そうだなというとき、Tさんが「そうだ、長嶋有さんの句集、わたしも探してて」と切り出した。
わたしは、Tさんが、わたしの贔屓の作家の話題でもてなしてくれたのだと思い、お礼というわけではないが、「『まさかジープで来るとは』、数軒の本屋で品切れでしたね」と返した。Tさんはせきしろさんの熱心なファンなのだ。返した直後に、しまった、会話になってない、と焦った。それでわたしは、それを会話にするために続ける。
せきしろさんや又吉さんの、……並べて比べるものじゃないですが、彼らの自由律俳句のおもしろさのひとつが、怯えというか、繊細さだとすると、長嶋さんの俳句は、ふてぶてしくておもしろいです」。そうなんだ、とTさんは笑う。これじゃ長嶋さんの分が悪いと思ってわたしは言葉を足す。「肉を食べるひとの俳句です」。だめだ。長嶋さんごめんなさい。でも自分で言ってみて、それだ、と思った。

これまでもあちこちで言って書いてまわってきたが、わたしが最初に長嶋有に心を掴まれたのは、俳句だった。
2009年はじめ、『本の雑誌』で本のオビ特集というのをやっていて、そこで長嶋有『電化製品列伝』が紹介されていた。“裏にもなんか書いてある、サービス精神旺盛なオビ”をつけた本として。特集ページではそのオビ裏の一部を掲載している。

朝ハンバーグ昼ハンバーグ昼花火

えっ。
記事の紹介文を確認すると、それは俳句であるとのことだった。
俳句? ハンバーグ? これが俳句?

昼顔や足裏みせて女寝る

かっこいいスポーツカーに顔うつす

夕飯はバームクーヘン夏休み

“昼顔や”のあたりは俳句っぽいけど、あとは、なんか、わたしが思ってた俳句とちがう。なんだこれ。
ぜんぶ見たい。このオビ欲しい。

それで本屋へ行って『電化製品列伝』を手にとると、ペーパーバックにオビが巻かれた、うえに、ビニール製のカバーがかけてあった。コミックの立ち読み禁止用のビニールパックではなく、たとえば家計簿やレシピ本など台所(水まわり)でも広げそうな書物につけるようなカバーである。つまり、本の中味を立ち読むことはできるが、オビの裏は、本屋でカバーをバラバラと解体しないと読めない。べつに最初から立ち読むつもりなんてない、あのオビが欲しくて来たのだから問題ない。長嶋有、名前だけ聞く、未読の作家だったが、迷わず買った。

帰宅して、思春期の男子のように急いで本からビニールカバーを剥ぐ。オビを取り出す。裏返す。

エアコン大好き二人で部屋に飾るリボン

ビジソワーズスープを運ぶ二の腕よ

生きてきて網戸はすぐに外れそう

夏服や夜中に出しに行くはがき

あれ、かわいい。
かわいいし、たまに色っぽい。
すこしせつない。
あと、くだらない。
なんだこれ。




長嶋有の俳句は「肉を食べるひとの俳句」だと言われてTさんは、あはは、そうかも、とうなずく。
Tさんが待ってる電車が先に来た。「それでいうと、せきしろさんと又吉さんは豆腐を選ぶひとの俳句だな」とTさんは言って、じゃあどうも、と手を振り電車に近づいていった。