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東京百景

買って帰って、まずはじめにひらいたのは六十一景め『阿佐ヶ谷の夜』。自分の地元をなんと書いてくれているのか期待して。しかし読んでみると、阿佐ヶ谷の街の風景やそこで起きたエピソードではないようだった。西加奈子さんと初めて会った新宿の夜のことが書かれているのだ。
2009年、又吉さんが『太宰ナイト』というイベントをきっかけに西加奈子さんに出会う。それまで、西さんの作品の素晴らしさや「西さんは異常に面白い」という本人の評判の良さに畏怖の念を抱いていた又吉さん。だがイベントの打ち合わせで、まっすぐと目を見て話す、謙虚で熱心でチャーミングな西さんの素敵さに、彼は驚くのである。
私は、西さんの活躍の一部しか追えていない読者の端くれだけど、又吉さんが目の当たりにした西さんの人柄は、とてもよくわかる。気がする。わかってる気になって、調子よく、その夜の又吉さんに共感したい。そうなの、西さん、おもしろくてやさしくて真剣な、かっこいい人ですよね。
好きな人(西さん)の魅力を、好きな人(又吉さん)が真摯に書き綴っているのを見たら急速に胸になにかが溢れだして、はしたなく本の途中から読み始めたくせに、そこから2分も経たずに図々しくぼたぼたと涙を落とした。この章を結ぶ西さんの言葉が、またじつに男前なのである。顔をあげて泣いた。
2人が出会ったのは新宿で、『太宰ナイト』が開催されたのが2009年6月19日の阿佐ヶ谷のロフトAだそうだ。イベントの詳細は本では触れられていない。それなのに章題を『阿佐ヶ谷の夜』としたのは私に読ませるための仕掛けだと思いたい。西さんとのエピソードはここ以外には出てこない。自分が阿佐ヶ谷の本屋でこの本と一緒に西さんの本を買うのは最初から決まっていたことなのか。たわいなく運命を感じるのが幸せの秘訣である。
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のっけから泣いたあと、さて、と改まってぐすぐすと前書き『はじめに』から読みだすが、すでにここから、すごくいい。

東京は果てしなく残酷で時折楽しく稀に優しい。ただその気まぐれな優しさが途方も無く深いから嫌いになれない。

こんどは東京生まれとして泣いた。東京を、恐い冷たい虚しい街だと言ってみせる作品はごまんとある。それは紐解けばどれも、そう言ってる人の心境を東京に映しているだけだとは最近になってやっとわかってきた。だが、十代の頃は、ここで生まれ育っている者としてわりと真面目に傷ついていたのである。家の壁に落書きされるような気分だった。理解した今だって嬉しい気持ちにはならない。だから「時折楽しく稀に優しい」と、光を取り出して言ってくれた又吉さんには、背中をさすられた感じがした。又吉さんがいる東京を、楽しく優しくしているのは又吉さん自身だ。
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目次を眺めると、下北沢や原宿やお台場などのザ・東京な地名もちらほらあるが、それよりも荻窪スーパー銭湯、馬橋公園なんていう、これまた自分になじみ深い地名や施設名が次々に目に飛び込んできてうれしくなる。馬橋公園は阿佐ヶ谷と高円寺のあいだにある、住宅に囲まれた公園だ。このへんに長く住んでいなければ知らないだろうし、住んでいても、日中にあてなく歩くこともなければ見つけないだろう。
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順に読みすすめて六十景め『井の頭公園』。2009年、せきしろさんが、まだ世間的にそれほど名前が知れていない又吉さんに「俳句を作ろう」と声をかける。ここでのせきしろさんは、又吉さんが困惑するほどに根気強い。せきしろさん一人の連載として立ち上がりそうだった仕事も、又吉さんと一緒でなければやらないと頑な姿勢をしめし、それで案件が潰れても、なお又吉さんとの作品の掲載場所を探す。それは、未来人の私からしてみると、まるでせきしろさんも未来を知っている人のような行動である。過去のことなのに、もう結果が出ているのに、胸が高鳴る。
圧倒的な才能がありながら、奇妙なほど己にやさしいせきしろさんと過ごす時間が楽しく、ある日、又吉さんは呑みの席で「太宰の百歳の誕生日(2009年6月19日)にライブをやるのが十年前からの夢やったんです」もう今さら間に合わないけど、とせきしろさんに話す。破れた夢を話すのも腹を見せている証拠だ。
だが、そういうことになる。

せきしろさん。せきしろさん。せきしろさん。せきしろさんに受けた御恩は一生忘れないくらいではすまされない。そんなことは当然なのだ。それなのに僕は未だ迷惑をかけ続けている。

余談だが、私はこの本でせきしろさんの男前ぶりにすっかり惚れこみ、そんな男前を一目見ようと『第一回 大喜利道場対抗戦』に行った。するとここでも、ふくらんだ私の期待に応えるように、せきしろさんはやさしかった。私の目に“せきしろさんは男前”フィルターがかかっていたかもしれないが、でも違う、やっぱり奇妙なほどやさしかったのである。
まだテレビでは見かけないフレッシュな芸人、大久保さん(ザ☆忍者)の大喜利回答にせきしろさんは「うん、うん」と評価するように深くうなずき、大久保さんが回答を出し終えると代わりにホワイトボードを消してあげていた。決勝戦では、焦ってネタが思い浮かばない相手チームの尾関さん(ザ・ギース)に小声でヒントを出し、尾関さんの回答に誤字があれば黙って手を伸ばし誤字を訂正するせきしろさん。そうして敵にも点数を稼がせながら、最後に出したせきしろさんの回答が爆笑をとって一気に優勝を決めたのだ。なんだこの人は。仏だろうか。やっぱり未来を知っているのではないか。
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『東京百景』を読みながら「世の中の文筆家は慌てているんじゃないか」と何度も思った。
だがこの本にはエッセイと詩と、おそらくフィクションが、分類の明示なく混在している。本としてはどうジャンルづけされるのかわからない。だから、なんらかの文学賞の対象になれるだろうかと無知ながらに心配している。なんらかの文学賞がおくられるといいなと勝手に願っている。その賞によって、お笑い芸人・又吉直樹に興味がなかった本好きの人も、手に取るといいなとえらそうに思っている。
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百景め『アパート』。又吉さんが最近借り始めたというアパート、に貼っているらしい堀本裕樹さんの俳句を、私は又吉さんと同じ場で知った。あのとき私の前に座る又吉さんは、この句にそんなに心をつかまれていたんだなあ。偶然うしろに座っていただけで、その句についての感想を聞いたわけでもないのだが、あのときの背中を思い出して、うれしい。