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本棚

 3/2に引っ越した。
 2/9に部屋を決め、その時点でもギリギリだというのに2/27〜28には2人揃って星野源ライブがてらの神戸旅行に行き、もちろんだが帰ってきた日とその翌日はぐったりして引っ越し作業など一切せず(でも『王様のレストラン』の再放送はちゃっかり見た)、引っ越し前日までの平日はお互い休まず毎日出勤していた。よく引っ越せたと思う。2月中旬に詰められた秩序だった箱に比べて、終盤の、というか3/1夜から3/2、引越屋さんが来るまでに、というか来て作業している横で詰めた箱の中身が超ワイルドだ。それで前の部屋は3/5に退去完了したというのだから、げに人を動かすのは期間の長さより期限の近さである。終わってしまえば偉そうなことも言える。

 前の部屋は家主の住まいへ昨年4月終わりにわたしが転がり込んだので、最後まで「自分は居候」という気持ちが拭えず、わたしの荷物の一部は10ヶ月のあいだダンボール箱を開けてすらいなかった。北向きのベランダも、男性は気にしないのかもしれないし、自分も若い頃なら気にしなかったのだろうが、冬晴れの休日に部屋に日が入らないことにむくむくと損気が育った。向かいの寺には燦々と日の光が降り注いでいるのを見てさらにむかついていた(寺の日当たりに八つ当たりするなんてバチが当たりそうだ)。駅まで徒歩1分もかからないという立地も、"超"では言い足りないほど便利だったが、そのぶん、どの店よりも家が近く、街をうろつくことがないままだった。駅も主要駅ならどこに行くにも近くてラクだった。でもその駅から乗る通勤電車は毎回内臓をぜんぶ絞り出されそうな混み具合で、この通勤電車に堪えることで給料をもらってるんじゃないかと思えるほどだった。電車に乗るのがあまりにも嫌で、電車なら20分で行ける会社から、1時間かけて歩いて帰ったりした。
 もちろんそのマンションや街を住み良く感じている人はたくさんいるわけで、だから栄えている街なのだけど、自分で選んだのではないという気持ち由来か、とにかくいろいろと相性が合わない住まいと街だったと思う。

 今度の部屋は2人で選んだ。2人それぞれの通勤時間の短さで探したら、住み良いことで有名なこの街の空き部屋がヒットして、その部屋が、わたしが渇望していた南向きで、古くて住むのに工夫のいる部屋だけれども、日が入れば概ねなんとかなる、これは御縁だから住んでみたい、となった。
 引っ越して来て、翌日から、まず朝が楽しみでしょうがない。広い南向きのベランダから入る日が、居室をとおって台所まで届く。それを浴びながら寝ているのがもったいなくて目覚ましより早く起きて家のあれこれをやる(家主は動じずに寝つづける)。そして通勤が楽しみでしょうがない。今まで縁のなかった路線に乗る面白さ、会社からの近さ、ほど良い空き具合。こちらの路線では、通勤電車で人に触れることが一切なくなった。これは本当に大きい。駅から降りて、にぎやかな商店街を通って家路につくのも最高だ。今のところ毎日わたしは家で機嫌が好く、毎日家主に「引っ越しを決めてくれてありがとう」と言っている。家主はおはようとかおやすみとか言われたぐらいの軽さでハーイと返すだけだ。情緒不安定で大仰なわたしの扱いをよく知っている。

 昨日、10日めにしてやっと本棚を組み立てた。家具の中でいちばん大きく、これだけ解体して持ってきたのだ。解体しないと出ないし入らないほど大きいので、組み立てるのにも気合が必要な気がして、2人ともずっと着手をためらっていた。だが2人とも一番多い荷物が本で、これらの箱を開けない限り、ダンボール城はつづく。
 組み立ててみたら構えていたよりもあっけなく組み立て終わった。本棚は左半分を家主、右半分をわたしが使うことにして、各々が本を並べていく。小説も漫画も趣味がほとんど合わない2人だが、長嶋有衿沢世衣子だけは一律かぶって持っていることがわかった。わたしが前の部屋で10ヶ月開けずにいた箱からそれらが出てきたのだ。かぶっているそれらの本を2人でわざと本棚中央の同じ段に、左半分から右半分へ続くように並べてみたりした。