涼しい。
いや、暑いのだが、暑さが苦痛でない。秋が来るのが信じられる暑さだ。
ネックレスを手に取ると、チェーンに絡まり玉ができている。ケースに戻しかけたが、あることを思い出してそのネックレスを机に置いた。台所から爪楊枝を持ってくる。
いつかの『OVER THE SUN』で堀井さんが、絡まったネックレスをメイクさんから聞いた知恵で無事にほどけたと話していた。「爪楊枝の頭で、からまった部分をコロコロなでる」とか言ってたと思う。聞いていた時はどういうことかと思っていたが、実際に絡まり玉に爪楊枝の頭をぐりぐり押しつけてみると、玉がたちまちほぐれていく。これはこれは。
わたしの人生において、あきらめの局面がひとつ減った。からんでほどけず手放した過去のネックレスたちにも今すぐ会いにいき、ひとつひとつ爪楊枝の頭でぐりぐりしたい。
ほどけたネックレスをつけたあと、無意識に選んで着たブラウスは襟が詰まっていた。ためしに上のボタンを数個ひらいてネックレスが見えるようにしてみたが服の様子として変なのでやはり閉じる。ネックレスを襟の上に出すのも変だし、他の服を選ぶのももう面倒だ。しかしせっかく出かける前にほどいたのに置いていくのももったいないので、襟の下に隠して、つけていくことにした。縁起物みたいなものだ。
夫がこしらえた鯵とトマトのサンドイッチを、きょうも断面がうつくしい、お店のようだ、うまいうまいと賛辞を送りながら食べ、家を出て日傘をさし駅に向かう。
ある家の前に、塀からはみだす庭の木の枝葉を、高枝切りバサミで剪定している70代くらいのご婦人がいた。おそらくこの家の人だ。
この家は春ごろ、それはもう見事なバラを咲かせていた。バラって"木"なんだとわかるくらい茎が隆々と伸びて、高いところで咲く花は大輪。その大輪を安定させるためにアーチやワイヤーなども駆使されている。まいにち通りかかっても、ぼやけたバラをひとつも見ないところから、丹念に手入れされていることもうかがえた。仕事に向かうわたしは毎朝この家の前で息を呑んだ。
このご婦人があのバラを……と、夢中で読んだ小説の作者に出会えたかのように興奮し、駆け寄ってバラの感動を伝えようと思った。が、バラが咲いていたのは春で、今は秋の気配があり、わたしとご婦人は知らない者同士で、わたしはサングラスをかけており現在は頭髪の色が少々ファンキーで、通勤途中につき時間に余裕がない。とつぜん「バラが素敵でした」と告げて去るだけでは怖がらせてしまうだろうし、相手が安心するまで言葉を尽くすこともできない。
逡巡の挙句、その家の前を何も言わず止まらず通りすぎた。
駅につき電車に乗りこむと、後悔がじわりと胸ににじむ。
自分は数年前、旅先ですれちがった知らない女性に「その服かわいいですね」と言われたことがある。褒めてくれた人の顔はおぼえていなくても、その服を褒められたことはずっと忘れてないし、その服を着るたび少し誇らしい。そういうことなのではないか。
次にあの家の前でご婦人を見かけたら、きっとバラのことを伝えようと誓う。が、ただし自分が休みの日の散歩中など余裕があった場合に……とあとずさるように条件をつけたし、自分に呆れた。いっそ来年のバラの盛りに、バラの前にご婦人がいてくれたら躊躇なく褒められるのだが。
職場。黙々と仕事。
Power BI(MicrosoftのBIツール)について、おととい・きのうとCopilot(MicrosoftのAIチャット)に教わったとおりにやったのにうまくいかずにあきらめた設定を、もう一度訊いてみることにした。絡まりをほどいたネックレスをつけているのだ、きょうのわたしは。
「教わったとおりにやってみたが、求める状態にならない。何が原因だと思いますか?」などと訊くと、Copilotはほどなくして、考えられる原因と対策を3例だしてきた。そのうちの1つが自分のケースに当てはまり、2日かけてできなかった設定がさらりとできるようになった。ネックレスの効力よ。Copilotを、思い立ってGPT-5版に切り替えてみたのも良かったのかもしれない。
退勤。夕風が涼しい。
職場を出るころに夫に送った退勤連絡だが、自宅最寄駅に着いても反応がない。遅くなるのだろうと踏んで、商店街の弁当屋で唐揚げだけ買って、帰って家にある残り物と唐揚げとで夕飯を済ませてシャワー。お湯が熱湯じゃないところにも涼しさを噛みしめる。