はじめてのSAKEROCK

 6月2日の両国国技館のチケットは公式サイト先行で手に入れた。わたしのアカウントは外れた。当てたのは、サケロックともホシノゲンとも言ったことのなさそうな、でも音楽がとても好きな恋人のアカウントだった。わたしは恋人に「すばらしい、あなたはSAKEROCKに縁があるんだ」と無責任に言って感謝の意を表した。縁があると言われて素直な恋人は、数日後、タワーレコードで(わたしがまだ手に入れていなかった)SAKEROCKが表紙の『bounce』をもらってきた。
 「いい記事だなあ」と、恋人がくれた『bounce』のSAKEROCK記事を読み終えて、誰が書いた記事なのか確認しながらわたしは言った。"インタヴュー・文/村尾泰郎"とある。
 「そうなんだよ!」と恋人は、ほぼ何も言っていないわたしの「いい記事だなあ」をたぐり寄せて話し始めた。あの2ページきりで、知らなかったSAKEROCKという、もうすぐ解散するバンドの円満さ、メンバーそれぞれの躍進(円満だからこそそれぞれが躍進し、それぞれが活躍しているからこそバンドが円満であること)、その円満さがつづくように努め、それを最良の形に残そうと考え惜しみなく動く星野源のプロデュース力が一度に受け取れて、彼らに対する思い入れはゼロなのにアルバム『SAYONARA』が、国技館ライブがとても楽しみになった、と。
 解散とアルバム制作を打診された他の2人が 「ちょっと〈しょんぼり〉しつつ、でもおもしろそうだね" と受け入れた」という一文が特に良かった。脱退した2人の全員集合への快諾も、そうだろうなと思った。5人でやりたいと打ち出したからには責任を持って全曲作曲し1人でミックス作業をおこなったという星野源がじつに男前である。など、SAKEROCKへの思いをあふれさせる恋人。それで、星野源という人は、前に出ようとして出てきた人でなく、特別に人を惹きつける魔法がつかえるわけでなく、こういうふうに、楽しい場を端々まで楽しくすることに手を抜かずに来て、その積み重ねで名前が浮き出てきた、ほんとうに結果の人だねと、それほど彼を知らないわたしと全然知らない恋人とで言い合った。

 わたしはSAKEROCKを全然知らない。『YUTA』の頃から彼らを「あなたは聴いておくべきだ」と強く薦めてくれる人が周りに何人もいたが、ピンと来ていなかった。折々で彼らのアルバムを聴いてみても、自分が影響を受けたさまざまな文化の系譜にたしかにあると言いたくなるような、好きになりそうな曲ばかりだったが、それよりも、演奏の元気さ軽さが受け入れられなかった(下手に感じたということではない)。今おもえば、演奏する当時の彼らの年齢どおりの若い体力や力加減に対して、曲が老成していたんだと思う。あと、同世代の彼らの才能を無自覚にやっかんでいたのかもしれない(自分は音楽をやろうと思ったことなど1度もないくせに)。20代前半なんて、こっちはまだ何やろうか何になろうかフワフワしているときに、同世代の男子らが、ジャンルの確立ともいえるような音楽を生み出し、趣味において自分が信頼しているお兄さんお姉さんたちがみなメロメロだったことがいけすかなかったのかもしれない。

 4月7日、帰宅するとAmazonから『SAYONARA』が届いていた。年度替わりのあれこれで残業がつづいているせいか、このところ空腹時に胃痛を感じることがあって、だから夕飯は雑炊にした。食べ終えて、気負わず洗い物をしながら聴いてやろうと、Amazonダンボール封筒を開けCDのセロハンをはがしコンポの前で立て膝になってCDをプレイヤーに吸わせ再生ボタンを押し、付属の冊子(あれってなんて呼べばいいんだ。ブックレットというほどの分厚さでなく解説文が主体なわけでもないからライナーノーツと呼んでもいいものかと)をめくってみる。立て膝だったのは曲が鳴り始めたらすぐに立って台所に行くためだった。だが、そのまま正座してしまった。1曲め『Emerald Music』が開始すぐにハッとするほど、ふくふくして、みずみずしかった。大きくてやわらかい丸々とした一撃をくらって座り込み、立てなくなってしまった。初めてSAKEROCKにドキドキする。やだ、わたし、この人たちの演奏すごく好きだ。つづく曲のどれにも、大人の「たのしい、たのしい」があふれていた。
 終わるからできること、次がないから楽しめること、その終わりはもっと大きい何かの途中のできごとにすぎないこと、良く続けたから好く終われること。そういうことを30代も数年すごすとわかってくる。わたしはすっかり、この、30代の5人のバンドの虜になった。

 ずっと続けてきている人が、ずっと続けている先で、それでもまだ新たに人を魅了するというのが、そういうのが、なんていうのか、才能というか実力というのか、言葉にしてみるとつまらないけれども、そういうことなんだと思う。

SAYONARA

SAYONARA