帰ったら殴る

 昨年末、友人のYさんが通っていた教習所で餅つき大会が開催されると聞きつけ、Yさんが「お友だちも一緒にどうぞ」と案内されたらしいことを真に受けたフリして、その教習所に何のゆかりもない友人ら数名と集って行ってきた。
 我々に「教習所で餅つき大会って……プークスクス」的な気持ちがなかったわけではなく、参加者も自分たちだけなのではという覚悟で臨んだが、イベント開始時刻の朝11時に現地に向かってみると、なんと教習所の入り口から行列がのびているではないか。この教習所の餅つき大会、その街では一家総出の参加も当然というほどの熱いイベントだったのだ。ヨソモノがナメた態度で覗きにきて大変申し訳ない気持ちになる、と同時にたちまちイベントへの期待が高まった。
 集まった友人のうち、セレブママのZちゃんが長男のサトシくんを連れてきていた。中学1年生だそうだ。サトシくんは餅つき大会だというのに浮かない顔をしている。初対面の大人に囲まれ緊張しているのだろうか。

 つきたての餅を販売するブースでは、揃いの赤いジャンパーを着た大勢の大人がテキパキと働いている。Yさんから「餅を売ってる人らも、他のイベントブースの人らも、ほとんどが教習所の教官だ」と教わり、彼らのイベントのプロぶりに驚いた(あとから聞いた話では、この教習所では毎月のように地域振興イベントをやっているそうで、それなら教官たちの慣れた餅さばきにも納得である)。
 販売される餅は1パック2個入り100円で、あんこ、からみ(大根おろし醤油)、きなこ、砂糖醤油、白もち(なにもついていない)の5種類があった。我々は100円という手頃さに気が大きくなったのか、各人が2種類3種類といっぺんに買ったが、誰も白もちを買う者はいなかった。つきたての餅なら白もちもきっとうまいのだろうし、持ち帰って自分の好みの味で食べる楽しみもあろうが、「味付き餅と味なし餅が同額なのは解せない」と誰もが思っていたし、実際に餅ブースに行列をなす人々からもそういう声が聞こえた。
 餅と豚汁を手に入れ、教習所コース内の縦列駐車のくぼみに収まって座る我々。30歳以上の大人7人と中学1年生が1人、黙々と餅を噛み豚汁をすする。つきたての餅はやはりとてもおいしい。年の瀬の朝から電車に揺られ、ゆかりもない街まで来た甲斐があった。ただ、地域イベントらしい気前の良さゆえ、餅はパックからはみだすほどに詰められており、食いしん坊を気取るも実は胃が小さい大人たちは1パックも食べきれずに、ほどなくして輪ゴムをパックにかけ直すという有り体だった。

 つきたてのうまい餅を食べてもサトシくんの顔は晴れない。どうやらここに来る前に4つ下の弟とけんかをしてきたらしい。サトシくんが貴重な冬休みをあててせっせと弟の面倒を見ているにも関わらず、弟はサトシくんに生意気な態度をとったのだという。弟妹とはどこの家でも調子がいいものだ、サトシくんがよくやってることはお母さん(=Zちゃん)からいつも自慢されているよ、などとZちゃんがいないところで大人たちがサトシくんに言うと、彼はすこし頬の肉を上げた。が、すぐに浮かない顔をしなおし、くちびるをとがらせ、低い声で「帰ったら殴る」とつぶやく。
 私はこの「帰ったら殴る」を聞いて、妙に嬉しくなった。まず「帰ったら殴る」と宣言してるあたり、彼はまだ弟を殴っていない。しかも母親らと一緒につきたての餅をたらふく食べた彼が、帰ってから弟を殴るわけがない(実際はどうだか知らないが)。怒りを拳にこめる男の子らしさ、しかし餅つき大会には来る素直さ、つきたての餅を食べても癒えないほど兄弟げんかで傷ついているナイーブさ、それでもまた弟の面倒を見るやさしさ(私の想像)など、何から何まで、中1男子として、良い。

 餅を食べたあとの我々は、教習所のサービスで白バイやパトカーに乗せてもらったり、臼と杵の前で記念撮影をしたり、横転体験車の列に並んだり(人気が高くて時間内に挑戦できなかったが)と“教習所の餅つき大会”を隅から隅まで堪能した。
 イベント最後は待ちに待ったビンゴ大会。賞品には3DSや舞浜の某リゾートパスポートだけでなく、塩鮭や箱みかん、電気ストーブなど、客層の需要を細やかに把握したラインが並び、ますますこの教習所の抜かりのなさに胸を打たれる。だがここに来て、これまでずっと手際の良かったイベントスタッフ(=教官)のみなさんが急にたどたどしくビンゴ大会を進行しはじめたことに再び驚かされた。し、それに驚いている自分にも驚いた。私はこの短時間ですっかり彼らをイベンターとして信頼しきっていたのだった。観客らのビンゴへの期待が大きすぎて緊張してしまったのだろうか。
 ビンゴ、我々は皆振るわなかったが、友人のMさんだけがみごと塩鮭を獲得し、それを我々はまるでハワイ旅行でも獲得したかのようなテンションで大祝福した。いや、ハワイ旅行なら嬉しいのは行ける当人だけだが、塩鮭はその後おすそ分けがもらえるかもしれないので、やはりハワイより塩鮭のほうが成功である。
 良い餅つき大会だった。また行きたい。