下妻物語

桜の開花の勢いで、己の社交性もなんとか人並みに咲き出したかと思い込み、多少苦手な人とも会う約束をしてきたけれど、それはやっぱり自分を騙していたわけで、窓から冷たい雨を眺めつつ自分と向き合ううちに本当の気持ちも素直に顔を出してきました。「なにが悲しゅうてあんなくだらない人間と会うため雨に濡れにゃならんのじゃ」。しかも会おう会おうとしつこく言ってきたのはむこうなのに、奴はいつも都合良く連絡が取れず(一般的にこの状態を「都合が悪い」というのだろうけれど)、結局は短気な私がひとりで店だの待ち合わせだのをセッティングしていて、まるで私のほうが積極的に会いたがってるみたいじゃないか。立場としていつのまにか下になってる気がする、と無性に腹が立ってきたのです。そんな病的な思考展開を無意識のうちに食卓でこぼしていたところ、横で愚痴を聞いていた母が「行くのやめちゃえ」と実に明朗な助言をくれたので、その言葉、待ってましたという勢いで約束の相手に断りの連絡をしました。母は偉大です。
晴耕雨読という言葉もあるように、雨の日はむやみに外出なんかせず、部屋で読書に興じるのが優雅なのだわ、と、いまだ完全に片付いていない部屋*1のすみっこの壁にもたれて、掃除中に出てきた未読の本*2を自分の前に重ねて低い塔を作り、手に取ったものから読むことにしました。

嶽本野ばら『下妻物語―ヤンキーちゃんとロリータちゃん』。去年の夏に友人に薦められて、その勢いで本を購入したものの、ゆっくりと本を読む時間と気持ちをなかなか手に入れることができずに本棚の奥にしまいこんだままでした。巻かれている帯には深田恭子ちゃんと土屋アンナちゃんという子のツーショット。「2004年初夏、全国東宝系公開予定」とあって、これは映画の広告。
著者のその名前やビジュアル、副題などから察するにきっとこれはグロい内容なのではないかとページをめくるのが憚られていたのだけど、それはまったくの杞憂で、実際は元気いっぱいスピード満点の痛快ギャグ漫画という感じで一気に読み終えることができました。遅読の私が4時間弱で読みきったので、普通の方ならもっと早く読めるかもしれません。別に早く読める本が面白いとか偉いとかいうことではなく、負担が少ないので食わず嫌いせずに読んでみてください、という意味での参考時間です。
ロリータファッションにすべてを捧げる桃子と、茨城は下妻のレディースチームに所属するイチゴ。ひょんなことから別世界に住む2人の縁は始まる。互いが互いの趣味世界を軽蔑しながらも、けして侵そうとしないのは、きっと根底の人間性を尊重しあっていたから。桃子がロリータファッションを語るときの口調、イチゴがヤンキーファッションを話すときの様子、それはそれはウレシそうで、その方面の知識がない者にとってはなんのことだかまったく想像できないのだけれど、彼女たちのテンションにいつのまにか自分も引き上げられ、小説を読み進むうちに各々の世界の価値基準がわかった気になってくるのが楽しい。特に桃子が徹夜で刺繍をするくだりなどは、連なり並ぶ刺繍の専門用語がわからなくとも一緒になってボルテージがあがっていきました。
自分の興じるロリータの世界が、一般的な価値観から隔てられたところにある、と認識し冷静で理論的な桃子。何をするにも穏やかで理屈っぽくて、しかも1人ツッコミをやたらとしているところがオタクっぽくて、ロリータに関しては何も知らない私でも、分野を越えた親近感が湧いてきます。一方で、まっすぐすぎるぐらいにまっすぐなヤンキーのイチゴも、その頭の弱さがいとおしい。後半、2人が階段を2段飛ばしの勢いで駆け上がっていく様子はもちろんワクワクするし、最後に桃子が、それまで自分を固めていた夢フリルを破り捨てる瞬間はまことにもって痛快。
こだわりを持って生きている人の話というのは、どの分野であっても興奮を共有できるものだと思います。昔の『カルトQ』もそうだし、今も続く『TVチャンピオン』が面白いのもそういう理由からでしょう。
私が本日、会うのが嫌で嫌でたまらないと感じていた相手は、その人ならではの話というものをまったく持ち合わせておらず、いかに自分にはすごい友だちがたくさんいるかという自慢話しかできない人で、また語彙も極端に少なく評価の言葉は「スゲー」と「ヤバイ」の2語しかない。語彙がないわりに話だけはやたらに長いという、かなり非生産的な男性です。彼に4時間ぶっつづけで話を聞かされたとしても私が出せる言葉は「なるほどね。・・・・・・で?」ぐらいが精一杯。
約束を断り本を開くきっかけとなった開花のあとの冷たい雨も、縁のうちだと思って、感謝。
でも私ももう少し大人にならなければなりません。 *3

*1:大掃除を始めた日から2週間が経とうとしている

*2:買っただけで満足、ということが私にはよくある。特に小説本

*3:ちなみにこの文体は、小説の影響を受けたつもりで書いてます。が、似てるか否かに関しては言及しないでいただきたい