追憶と語健忘

 在宅勤務。19時半まで仕事する。

 夕飯は、駅前の洋惣菜屋で夫が買ってきてくれたロールキャベツとメンチカツ、夫がつくった大根・長ねぎ・舞茸の味噌汁、納豆、わたしが炊いたごはん。夕飯のためにごはんを炊いたのは久しぶりだ。ふたりともたいてい夕飯はビールを飲みたいので、いつもはビールを米飯代わりにおかずだけで済ませることが多いが、なんだか今日は味噌汁が食べたくなり、となればごはんも炊いたほうがいいなとなって、炊いた。ごはんと味噌汁があると、自然とふたりとも酒を飲まなかった。
 ソースをかけたメンチカツをかじり、白米を口にいれる際、ふと「椎名誠のエッセイにさあ」わたしはあることを思いだして、思いだしたことをそのまま話した。「下宿仲間のナントカくんが、妹がなにかで受賞したお祝いだとかいって部屋に呼んで夕飯をふるまってくれて、その時にナントカくんが披露した、炊き立てピカピカの米飯を盛った皿にソースだぼだぼのコロッケを埋め、その上からまたご飯をどさどさのせて、一見、山盛りの白いごはんしかないように見えるコロッケライスという食べ方について書いてあって、今それを思いだした」
 すると夫は「それ読んだことあるかもしれない」と言う。わたしはたちまち嬉しくなり、食事中だが立ち上がって隣の部屋の本棚からすぐさま椎名誠全日本食えばわかる図鑑』を抜き出し、そのエッセイをひらいて夫に見せた。子どもの頃から何度も読んできたので、すぐに該当ページをひらける。夫は「おお、これだこれだ、読んだなあ」と懐かしんだり、「いま言ってたことほぼそのまま書いてあるね」とわたしのしょうもない記憶力に驚いたりしてみせた。
 食事をすませて、そのまま食卓で赤ワインを飲みながら『全日本食えばわかる図鑑』をぱらぱらとふたりで読みかえす。いいフレーズを音読したり、沢野ひとしのイラストを「詩的だ」と唸ったりして楽しんだ。椎名誠の他の作品の話もした。その間ひそかにわたしは夫に対して「このひと、話が合うな〜」と新鮮に感動していた。
全日本食えばわかる図鑑 (集英社文庫)


 ところで、夫との会話のなかでわたしは、とある文脈で別の作家の名前を言おうとして一瞬、その名前が出てこなかった。顔は出てくる。その人のTwitterのアカウントも思い出せる……aki_u_ench……アキ……ああ、宮沢章夫だ、という順で、なんとか自力でしぼりだしたが、このことはかなりショックだった。
 じつは10日ほど前も、入った飲食店で流れていたラジオ番組のゲストが、映画『万引き家族』だの『そして父になる』だのの話を訊かれていて、なるほどゲストはあの監督だな、ええと…………足…………に似た字から始まる名前の…………是枝裕和。という具合で名前がすぐに出てこなかった。
 今まで何度も、最近だって何度も見たり書いたり言ったりしてきた名前で、しかも好きな人たちなのに、その名前がぱっと出てこない。子供の頃に読んだエッセイの内容はスラスラ話せるのに。これはなんだかよくない兆候だ。リハビリとして日記をつけようと誓った。