地蔵に化ける

 13:30に玄関チャイムが鳴る。出ると隣家の次男くん(6歳)。「(自宅の)ピンポン33回押したんだけど(家に誰もいない)」 そうなんだ、じゃあ上がりなよと玄関ドアを広めにあけると、次男くんは伸ばしたわたしの腕の下をすっとくぐって靴を脱ぎ、我が家にあがって食卓前の椅子に大きなランドセルを置く。こちらから言わずとも手を洗いうがいをし、ゲーム機のある居間を見まわし「あれっ、かたづいてるね」と言い、無印の”人をダメにするソファ”に儀式的に飛びこんだのち座りなおして、Switchを起動させ『New スーパーマリオブラザーズ U デラックス』をプレイしはじめた。
 じつは次男くんは先週金曜の昼にも帰宅時の家族の不在を理由に我が家を訪ねきていた(「20回押しても誰も出ない」)。そのとき我が家はかなり散らかっていたのだが、オムツの頃から我が家に出入りしている次男くんに今さらこちらも何も気をつかっておらず、片づけないまま家にあげたのだ。だが今日はたまたま朝のうちに掃除していた。その差に気づいて「かたづいてるね」。もう6歳にもなると「散らかっている/かたづいている」の価値観が身についていて、それを「散らかっている」ときは言わずにおいて、「かたづいている」時は言ったほうが好いようだという判断力が身についているのだな。
 《お子さん来てます 13:35》と現在時刻を書いたメモを隣家の玄関に貼りにいき、戻ってきて、仕事を再開する。集中したいから話しかけられてもおへんじできない旨を告げると次男くんは、相槌の声も話かけに含まれるものと思ったか、声なく神妙にうなずいたのち、ゲーム画面に向きなおった。その後、小声で「あ〜、さなぴーが言ってたのこれのことかあ」と何かを得心しているようなひとりごとが聞こえてきた。
 13:45に再びチャイム鳴る。ドアをあけると次男くんのお母さんが「13:50に下校と言っていたのですが……?」と不思議がりながら何度も頭を下げてきた。先週金曜の次男くんの来訪について、翌土曜日に彼の両親がお詫びとお礼にきて、その際に立派な日本酒をもらったばかりだった。次男くんは素直にぬうっと玄関にあらわれてランドセルを背負い何も言わず靴を履く。お母さんは「迎えにくるの早いよ、って顔してますね。すみませんありがとうございます」と次男くんを連れて去っていく。ドアをしめる隙間から次男くんが「33回押したんだよ」と我が家を訪ねた正当な理由を訴える声が聞こえた。


 夜、夫が帰ってきて、きょうも次男くんが来ていたこと、「かたづいてるね」と一丁前な発言をしていたことなどを話してワハハと笑う。それと「さなぴーが言ってたのこれのことか」と感慨深げなひとりごとを漏らしていたことも話した。
 “さなぴー”という人物名が、隣家の兄弟の話にはよく出てくる。人気のゲームYouTuberで、彼らにとって相当に憧れの存在であるようだ。長男くん(8歳)などは少し前に、さなぴーが『マインクラフト』でつくったという街の描きおこしと、それを参考に自分で考えた街の設計書を見せてくれた。
 夫がさいきん隣家の兄弟と話した感触によると、兄弟は『マリオUデラックス』のソフトはまだ買ってもらっていないそうで、だがYouTubeでさなぴーがやってるのを見ているおかげで攻略方法にやたらと詳しいらしい。兄弟は我が家に(「親が留守で家にはいれない」という理由で)来るたび、そのさなぴーメソッドを試しているのではないかとのことだった。
 「俺も子どもの頃は買えないゲームソフトの攻略本を読みこんで、やってないのに詳しかった」と夫は懐かしんでいた。わたしもそうだった。うちの親はどのゲーム機も買ってくれず、そのかわり書籍であればたいていなんでも買ってくれる方針だったので、わたしは当時発売された『スーパーマリオブラザーズ3』の攻略本を買ってもらって、試す機会もないのに熱心に読んだ。『マリオ3』ではマリオがタヌキにもなれて、タヌキマリオが地蔵に化けると敵に気づかれず当たってもだいじょうぶ、という技があることを、やってないのに今もおぼえている。