『来る』

2020/08/09 Amazonプライムビデオにて鑑賞。
以下ネタバレあり感想。

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 自分はホラーが苦手なので、劇場公開当時は「観たいけど怖い」「怖いけど観たい」と迷っているうちに上記の夢をみて、もう観ることじたいが悪夢化してしもたやんけ……と見送った作品。
 このたびAmazonプライムビデオの無料対象にはいったとかで、ここ数日、にわかにTwitterのタイムラインにこの作品の感想が流れてくる。その感想のどれもが陽気なので、どういうことかとおもって観てみた。

 無理になったらすぐにでも再生を止めようとリモコンを握ったまま見ていたが、一度も停止ボタンに触れることなく最後まで夢中で観終える。
 覚悟していたような、じっとりと恐怖が迫ってきてもう逃げられない……ギャー!!!みたいなものではなかった。きれいでふしぎな映像にて冠婚葬祭の気だるさと夫婦の闇を見ているうちにわりと出し惜しみせずテンポよく怪奇現象が起きる。で、その怪奇現象の解明はあとまわしで(というか最後まであんまり触れない)、とにかく相手は強大なので全力で退治しましょう、時間もないので明日のうちに終わらせます、みたいな感じでテキパキとド派手な祈祷フェスがはじまる。すべて終わってみて、悲惨なことはたくさんあったけど、なぜだかサッパリした気持ちになる。よく笑った。
 むかし北野武が『アウトレイジ』公開時だったか、その映画のなかでおこなわれる殺し合い描写について「ハリセンを斧に持ちかえた感覚」「ボケとツッコミのリズムを意識した」みたいなことを話していたのだけど、『来る』での悪霊の暴れかたと霊媒師たちの除霊のようすもそんな感じだった。

 主役級のまばゆい役者がこんなにも集結しているのに、どの人もくすんでいる。特にライター野崎を演じる岡田くん。物語のなかを不安そうにウロウロしてるだけで強い主張や積極的なアクションは特に起こさず、すべてに対して受け身だ。でも野崎が登場しないと怪奇現象にみまわれる田原家と霊能力者・比嘉琴子がつながらないし、祈祷フェスを常人として目撃する者もいない。物語のどの場にも(傍観者として)存在できるという意味で主人公だった。終盤の祈祷シーンで岡田くんは終始あたふたとおびえては霊や松たか子にぶっ飛ばされていて、そのぶっ飛ばされかたがキレキレなので(これが野崎を岡田准一がやる所以かも)ここで声をだして笑ってしまう。

 妻夫木くんの役も最低で最高だ。ソトヅラを良くすることに尽力して、周りの人間をナメきっている男・田原秀樹。いや、人をナメている自覚もなさそう。あの歳になるまで、誠実でなくても笑顔と押しの一手でなんとか仕事や恋愛をこぎつけてこれたので、自分のふるまいを省みる機会がなかったんだろうなという虚ろな明るさがうまい。つねににこやかに愛想を振りまいているのに、ちょっとテンパると無関係な人の前でもすぐキレるところとか怖かった。
 だけど一見、田原秀樹こそ醜悪な人間に見えるけれど、彼の陰口をたたきながら結婚式に参列する友人たちも、彼がひらくホームパーティーにあつまり身重な奥さんを気にかけようともしない会社の人間たちも、彼の浮気を知りながらなついているふりをする後輩(太賀)も、親友のようにふるまう津田(青木崇高)も、彼とちゃんと話をしてこなかった妻の香奈(黒木華)も、みんな秀樹を嫌悪しつつ利用もしていたのではないか。みんなの弱さずるさの結晶が秀樹というモンスターを生んだのだとも思える。
 終盤、自分が死んだことに気づかずイクメンブログを更新しつづける秀樹が、霊媒師・セツ子(柴田理恵)に除霊される瞬間、娘と別れたくないと泣き叫びながら一瞬だけこちら(傍観している野崎)を見て、またわんわんと泣き、カーペットを引っ掻いてみせる(文字どおり”爪痕を残す”)。その、死んでからも自分が他人からどう見られているかを気にしているところがじつにあわれで、とてもよかった。演じてる妻夫木くん、楽しかっただろうな。


 伊集院さん演じるスーパーの店長がことのほかいい。店長の、人はいいけど余裕がなくて、”中立の立場“を守ろうとして弱い人を追い詰めてしまう描写に、あっ、そういえばこの映画、脚本に岩井秀人さんも入ってたんだった、と思いだした(そこが実際に岩井さんが手がけた部分なのかはわからないけど)。スーパー店長は、何度かは香奈の緊急事態のフォローをしている。保育園からの呼びだしによる早退にも応じているし、熱のある子どもを連れてきたときも追いださず受け入れ、あくる日も香奈がふたたび子を連れて出勤した際も、香奈には苦情を伝えるが子どもには愛想よくしている。他の従業員の手前もあり香奈1人を特別扱いするわけにもいかないし、たぶん香奈もくわしい事情を店長や同僚に話していないんだと思う(第一部で香奈はあらゆる場面で秀樹に窮状を訴えそびれていたし、そもそも彼女は子どもの頃に母親から「生まなきゃ良かった」と言われつづけていたらしく、人を頼るという発想がなくなっていたのだろう)。話せば万全に協力してくれるわけではなかろうが、事情を知らないかぎり、従業員間の“平等“をはかる以上に店長が香奈を思いやったら別の話になってしまう。
 何度めかの急な早退を強行しようとする香奈に店長が「そ、それ暴力だからねっ」と先に被害者のポジションに駆けこんでみせたのも、強く断じるわけにはいかない、でもアウトな勤務状況であることを端的に伝えなければならないという、この立場をつづけるなかで身につけるしかなかった言いまわしなんだろう。短い登場時間なのに、この映画に登場するなかでもっともそれまでの人生が見える人物だった。
 ところで伊集院さんがスーパーの店長を演じる姿をみてウフフとなった人は多いだろうな。伊集院さんは学生の頃にスーパーの精肉部でアルバイトをしていたそうだし、伊丹十三監督『スーパーの女』では鮮魚部の従業員を演じているのだ。


 虚をつかれる終わりかただが、原作を知らない者としては充分たのしんだ。どの役者の演技もビジュアルも見ごたえがあり、祈祷フェスは準備からたのしい。アマプラで観られることを活かして、祈祷フェスの準備シーンからもう一度見返した。無情な松たか子に虫を払いのけるようにぶっ飛ばされる岡田准一でまた笑ってしまう。