ひさしぶりにアイメイクをした。自分はふだんあまり化粧をしない。職場へは眉をひいていくくらいで、ライブや芝居や友人に会うようなたのしみがある時には軽くアイメイクをする。ファンデーションは結婚パーティーに呼ばれた時しか使わない。それぐらい化粧のしない人間がアイメイクをしたということはまあまあ気合いを入れている日だといってもよい。
週明けからの在宅勤務が確定し、今日はこの状況が落ち着くまでのひとまず最後の出勤になった。しばらく職場の人とも顔を合わせないんだなと思ったら、最後ぐらいまともな顔で出るか……とアイラインだのアイシャドウだのマスカラだのをつける気になった。マスクしているからアイメイクだけで実質フルメイクみたいなものだ。
家を出る直前、天気予報を確認するついでにTwitterを覗くと #星野源 がトレンドになっていて、この時期に有名人の名前がトレンドになることに一瞬 胸がざわめき、でもハッシュタグ付きだから何かポジティブなキャンペーンをやっているんだろう、と自分をなだめながら椅子に座ってそのハッシュタグをたどった。
彼がInstagramに歌を上げているらしかった。部屋の中でひとりギターを弾きながら『うちで踊ろう』という短い歌を歌っている。今のこの状況を、ひとりひとりが家の中にとじこもることでのりきろう、離れ離れで重なろう、という内容の歌だった。
ここ3年ほどで、彼の新しい歌や活動に対して自分は反応が鈍くなっていたけれど、この歌で一気に琴線をジャーンと掻き鳴らされた感じになって、出勤前なのに立ち上がれなくなった。"生きてまた会おう"という歌詞に実感をおぼえる日が自分の人生に訪れるとは。
出勤。庶務の方から、今日まで出勤を続けていたメンバー分もなんとかリモートワークの材料が揃いましたと案内を受ける。会社が一部社員の在宅勤務を渋っていたわけでなく、急激に社内のリモートワーク人口が増え、機材だのアカウントだの手配が物理的に追いつかなかったのだという。対応部署はこれのために連日終電だったらしいとも聞いて恐縮した。無理をしてくれた方々の健康を祈る。
定時が近づき、チームメンバーで夕礼。誰かが退職するわけでも会社がつぶれるわけでもなく週明けからまたオンラインでやりとりするのに、なんだかみんな名残惜しいのかおのおのの作業報告の歯切れが悪い。言い終わらないようにしている感じ。そのうち、都内の感染者数がどうとか何区が特に多いらしいなんて雑談が始まった。わたしは黙って、雑談が終わるのを待っていた。
この2週間ばかり、あまり人の顔を見ないようにしていたが、雑談している人たちがつけている使い捨てマスクに毛玉ができていることに気がついた。そりゃそうだ、手に入らないんだもの。わたしは運良く、冬の風邪予防のために確保していたおかげでマスクを切らさずにこの日までの通勤生活をのりきったが、世の中の人々はどうやってマスクを調達しているんだろうとずっと不思議だった。使い捨てマスクを洗ったり消毒したりして再利用していたんだ。胸がすこし締まった。在宅勤務になればもうそんなかなしいマスクから解放される。
不安を撫であうような雑談が終わらない。誰も夕礼を締めようとしないので、早く帰りたかったわたしは、今朝きいた星野源の歌を思いだして「あの、生きてまた会いましょうね」と雑談を遮った。そんな大げさな、と笑いが起きて話がとじるのを期待して投げた言葉だが、みんなは「そうだね……」「ほんと健康で、また……」としんみりしてしまい、でもそれ以上話すのをやめたので夕礼は終われた。
給湯室で、しばらく使わなくなる加湿器のタンクを洗っていると、ごみの回収のために入ってきた清掃員のおじさん(60代ぐらい)が、ごみをまとめながら急に話しだす。「なんでも食べるからね、人間は」
? なんの話だ? わたしに話してるんだよな? もう少しヒントが欲しい。わたしはタンクを洗う手を休めずに「ええ」と「へえ」の中間くらいの声で相槌を打つ。
おじさん「四つ足のものは机以外、空飛ぶものは飛行機以外、なんでも食べるから」
わたし「(知ってる。その言いまわしは知ってる。で、なんすか? もっとヒントを!)そう言いますね」
おじさん「外国では、普通にコウモリ食べる地域だってあるんだよ。その土地の食文化ってのがね」
感染の発端の話だった。突然はじまった話だが、ずっとつづいてもいる。そうですね、ただただ不運でしたよねと、わたしは返す。今のヒントでなんの話題か察してボール返せるわたし、めちゃくちゃ大人だなとひそかに悦に入る。
おじさんはそこから、なぜか、おじさんの友人がカンボジアに行った時のオドロキ食体験の話をしはじめた。誰かと話したいんだな、とわかり、わたしは濡れた手で洗い終えたタンクを持ったまま、へー、ホー、と聞きつづけた。じつはおじさんの背後の戸棚に自分用のペーパータオルがしまってあり、それで拭こうとしていたのだが、今はおじさんの話を遮れない。
しばらくしておじさんはわたしが手とタンクを濡らしたままヘーホー鳴いていることに気づき、あ、ちょっと待ってて、ペーパータオル持ってきてあげると言って、ごみと清掃道具を置いて給湯室を走って出ていってしまった。
え!? いやペーパータオルは今あなたが去ったことでこの戸棚をあけたらすぐ出てくるんやが……でもここでそれをやってしまったら、おじさんの立場がない。そしておじさんのいない間にここをずらかるわけにもいかない。わたしは誰もいない給湯室で手を濡らしたまま虚空を見つめておじさんの再登場を待った。
ほどなくして戻ってきたおじさんは、ほら、これあげる、と未開封のペーパータオルのビニールパックをわたしに差し出した。あ、新品のは申し訳ないです、席に戻れば拭くものありますからとわたしは嘘をついて断ったが(本当はあなたのうしろの戸棚にあるんよ)、おじさんはホレ(バリッ)、とビニールパックを開封してしまった。開けて差し出されたからにはもらわないわけにいかない。で、では1枚……と引き抜こうとするとおじさんは「いいの!これぜんぶあげるから!」とペーパータオルをパックごと濡れたわたしの手の上にのせた。いやいやいやいや、それはできません、今ペーパータオルは貴重ですからと強く断ると「いいのいいの、まだたくさんあるから」。いやアンタこれビルの備品じゃろ、とは言えず、今は1枚でじゅうぶん助かります、ありがとうございましたっ。とペーパータオル1枚抜いて、もうあらかた乾いている手とタンクを拭きながら給湯室を足早に出た。背中からおつかれさま〜とおじさんの声が聞こえてくる。
一週間のうちでもっとも活動時間の多くをすごしてきた職場を、次いつ戻るともわからず急に出る。持ち帰る物も多い。ノートパソコンとその周辺の機材も持たされ、ストックのお茶にお菓子にコーヒーだの文具だのひざかけだの。昭和の、一学期終業式帰りの小学生のような大荷物である(「昭和の」とわざわざ書いたのは、どうやら令和の小学校は保護者が荷物を持ち帰ってるっぽいと聞いたからだ。本当だろうか)。
どっと疲れた。
「退勤。夕飯なくてもいいかい」と夫に連絡。いいよと返信。
通勤定期を改札にあてる時、ふと、これ3日前に更新したんだよな……ひよって1ヶ月更新にしたものの……たった3日間しか使わなかった……と、3日前に1万2千円払って更新したおのれの律儀さを猛烈に後悔した。会社から出る交通費とはいえ。でも3日前はわからなかったんだ、今日が最後の出勤になるなんて。もったいないからといって私用で使うわけにもいかない。わたしが電車に乗らずとも仕事ができる環境を、終電まで残って準備してくれた人たちがいる。
帰宅し風呂。あがって、氷結ヨーグルトサワーを開けて缶からじかに飲み、ボーっとしていると夫も帰ってきた。夫が風呂に入ってるあいだに洗濯物をやっつけるか……とベランダに出ると、ベランダ前の桜が満開寸前で、月に照らされ夜に白く浮かび上がっている。たちまち体が軽くなっていく。洗濯機をまわし、ベランダに簡易テーブルとベンチを出して、そこにポテトチップスやチーズやミックスナッツやゆうべのおかずの残りをならべ、赤ワインとグラスを2つ持って出た。
風呂からあがってきた夫は、ベランダでワイン片手にニヤニヤしているわたしを見て即座に把握し、半纏を羽織ってニヤニヤとベランダに出てきた。