2020/04/01

中島らもの小説『今夜、すべてのバーで』に、アル中患者は病院の、死体を拭くための消毒用アルコールでさえ盗み飲む、とあったのを思いだすようになった。

早朝より降り出し、やがて大雨。雨の日は穿くパンツを決めている。Sally Scottの、"Rain Window"と名づけられたパンツ。窓を流れる雨をモチーフに、黒地に淡い白糸の刺繍が縦につつつつと入っている。雨靴にするか迷ってスニーカーで家を出る。家の中が冷えたのでダウンコートを着てきたが駅までの道で汗をかいた。

出勤してビルの入り口に備えられた消毒用アルコールを、手持ちの手ぬぐいに吹きつけ、それで手のひらや指のすきまをぬぐいながらエレベーターで職場の階へ。上着をかけ自席に荷物を置いたら手洗い、うがい。うがいする時に低い声をだすと喉の奥まで水が届く、と昔だれかに教わって続けている。自席に戻り、職場が用意してくれた消毒用アルコールをティッシュに吹きつけ、iPhoneを拭き、パソコンのキーボードとマウスを拭き、机を拭く。パソコンの電源を入れて、職場が用意してくれた加湿空気清浄機のタンクに水を入れにいき戻ってきてセット。ここまでがここひと月の出勤時のルーティーン。意味のないものもあるかもしれないがおまじないみたいなものだ。

在宅勤務の準備をしつつ月はじめ、年度はじめのあれこれを粛々とやる。他部署に新しく配属された女性を紹介された。その部署は女性の上司にあたる人以外はみんな在宅勤務だ。業務的に本来ならわたしは紹介されるほどの関係性でもないのだが、ひとまず近くの席の出勤している人に、その上司は女性を紹介しているようだった。そういえば3月半ばも、今まで接点のなかったチームの男性が「今日でぼく最後なので」と退職挨拶のお菓子を配りにきてくれて、彼のチームのあたりをみるとだれも来ていない、という光景があった。女性もノートパソコンの設定作業を課されていて、週明けには在宅勤務になるのだろう。

すこし残業し、退勤。まだ大雨。すべて洗い流してくれそうなほどざばざば降る。横断歩道のおおかたが水たまりに沈んでいる。雨靴にすればよかった。歩道橋にかかる桜の花はこの雨に1日打たれてもそれほど散っていなかった。

地元駅につき、駅ビル(入り口に消毒用アルコール設置)の中をとおり、スーパー(入り口に消毒用アルコール設置)に寄る。こうして今までにないほど世間に消毒用アルコールが設置されていて、あの小説のようなことが本当にあるとしたら、アル中のひとは正気を保てるのだろうかとたびたび思う。

夕飯は焼きうどん、ささみと春菊のナムル。夫がつくってくれた焼きうどんは、「このひと皿を2人でシェアするのかな……」と思って見てたらあとからもうひと皿出てきて、つまり2人前の量にみえたひと皿が1人前だった。自分は今日もファスティングとして朝、昼とフルーツや牛乳だけで過ごしたが、それもこの焼きうどんを食べるためだったのかもしれない。でも具だくさんであっさりしていて、見た目のインパクトとはうらはらにペロリと食べられた。夫があけたヱビスマイスターを半分もらう。

Twitterをみると「首相が布マスク2枚配布と表明」したとのニュースでTLが荒れていた。気力が吸われる。

LINEグループで友人たちとすこし雑談。お子さんたちの写真を見せてくれたり、その子たちが生まれた日の思い出話をしたり(『あまちゃん』でユイちゃんがじつはまだアイドルをあきらめてないと戦略ノートをひろげた日に生まれた子が、この春から小学生になるそうだ)、半年前に突然亡くなった友人のことなども自然に話す。あの人なら今なんて言ってたかな、とか。淡々と政治批判をする人だった。劇場にかかるすべての映画を観ようとする"真の"映画好きだった。今年のアカデミー賞も感想が聞きたかったんだよねと書きかけたまま寝てしまう。