マンガ買って地元モス

 新刊マンガを帰宅前に読みたいから帰るのが遅くなってもいいか、という申し出をSMSで送ると夫は快諾してくれた。
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 終業チャイムが鳴ったらすぐに出られるよう定時の5分前には帰りじたくをし、机の上を片づけて拭いていると、上司や同僚もなんとなく店じまいモードになって部署一体にチャイムを待つような空気が満ちた。おっ、コーラ飲んでるの、ゼロカロリーのやつか、昔よりも赤いコーラに味が近くなった気がします、透明なコーラ飲んだ? 透明なコーラは昔もあったよね、マジすか知りません、俵孝太郎がさ、という時間をかせぐための、いつ終わってもいい雑談が聞こえてくる。チャイム鳴る。

 地元駅につき無駄のない動線で本屋へ向かい、すみやかに『きのう何食べた?』14巻を手に取りレジへ並び会計をすませ店を出、その正面にあるモスバーガーへ入店。ハラペーニョののったスパイシーナンカレードッグとウーロン茶を注文して席につく。店頭で、ナンタコスのTVCMをテツandトモがやっていることを知り、なぜかうれしく思う。夫に「マンガ買って地元モス」と送るとすぐに「いいね。僕もそうしよ」と返信あり。
 自分で頼んでおきながらハラペーニョのからさに驚きつつ、スパイシーナンカレードッグをあぐあぐと食べ終え、神妙にマンガをひらいて数話よんだあたりで隣の席に夫が座った。夫はダブルモスチーズバーガーとポテトをうむうむとたいらげ、本屋の袋から『Change!』2巻をとりだし読みだした。夫が座る瞬間に目礼をしたぐらいで我々はいっさいの会話をかわさずマンガを読んだ。仕事中に献立を考えて退勤後スーパーで待ち合わせて買い物して帰って料理して酒飲んで食べて洗い物して寝転がる、という毎夜もたのしいが、こういう学生みたいな夜もいい。

 『きのう何食べた?』14巻。まわりからたわむれに(あるいは真剣に)「跡継ぎのためにも子どもを」とプレッシャーをかけられる料理人の周平さんが、その焦りを妻の志乃さんに打ち明けると、志乃さんが「お店のお客様が味が受け継がれることを望むなら、弟子を育てて店を譲ればいいだけ。もしあたしたちに子どもがいてもその子が店を継ぐ必要はない。あたしも子どもに必ず店を継いでほしいとは思わない」と言い切り、おなかすいちゃった、夕飯のしたく手伝って、と周平さんを台所にさそう。夫婦2人の手際はよく、みるみる一汁四菜ができあがる。自分たち夫婦の今の考えをひとまず出しあった2人は、うまいうまいとごはんを食べるほどに顔が晴れやかになっていき、そのなかの一瞬、志乃さんが「あたしね、子どもができてもうれしいだろうけど、周平さんとずっと二人だけでもすごく幸せなの。どっちでもいいの」という。隣席の夫にもばれないようにひっそり泣くが涙がぼたぼたと落ちるのでお手拭きで頬をぬぐう。
 志乃・周平夫婦のこの回に限らず、『きのう何食べた?』は、まわりが良かれと思って "当然そうあるべきだから" と押しつける幸福像に対して、悩み苦しんだうえで、自分の幸せはこの人生をゆく自分が一番知っている、その幸せを実現できるのは自分である、というところにたどりつく人たちの話がいろんな立場で描かれる。一方で、同じ巻のなかでこの志乃さんが職場の筧さんを「おごった材料で すかした意識高い系の料理つくる男」と勝手に思いこんでいたと話す場面もあったりする。ケンジの勤め先のタブチくんや店長も、人望がありつつ恋愛面ではパートナーを傷つけ逃げられたりしていて、誰かの悪気のないふるまいに悩む人が別の場面では無意識に誰かを悩ませている、ということがじつにさりげなくバランスよく織り込まれている。本当にすごい。