ヨーロッパ企画『ビルのゲーツ』

  • 8月31日(日)13:00〜  於 下北沢本多劇場

 海外の大企業CEOからじかに商談へ招かれ、行ってみると荘厳なビル。手荷物を預け守秘の誓約書にサインさせられ、渡されたカードキーで扉を開けると、さてそこにはなにが?
 といったお題に対する回答が幾重にもつづいていくような130分。しかもその回答ラッシュに、ずっとずっと笑わされていたのに、あるところから心揺さぶられ、だけどどう考えても異常な事態にはさもありなん、とまた笑っていたりする。

 わたしが観た回は日曜昼公演ということもあり、客席には、大人が、勤め人が多かったかもしれない。劇中で扉を開けていく彼らも、わたしも勤め人である。それで思ったのが、この芝居は、勤め人に特に響くのではないかということだ。いや、そんなことはないかもしれない、学生でもじゅうぶん楽しめると思うが、でもたとえばその程度の条件でいいから、自分がこの作品をより観るべき側の人間だったことにしたくなる。観た縁を感じておきたくなる作品だった。
 取引先になんとしても会わなければいけないとか、こうしているあいだにも自分たちは(自分たちの会社は)評価されているかもしれないとかいう強迫観念が、扉を開けまくる彼らをめげさせない。劇中で、5人のうち一番若手の彼が、ビルを疑ったり先輩の体力を慮って休もうとしたりすると必要以上に若輩者扱いされる。正論をいう後輩を「そういうもんじゃない」と強引に諭す、勤め人の先輩らの責任感。

 2003年5月、大学4年生のわたしは就職活動中だった。ダレニドコノ内定ガデタなどの話を聞いたり聞かなかったり聞かないようにしているのに聞こえてきたりしていた。汗ばむ。春までには脱ぐはずだった就活スーツをまだ着て、下北沢にいた。予約していた会社説明会に、なんとなく行かず、なんとなく下北沢にきた。先月、ラーメンズ本公演『CLASSIC』を観るためにこの駅に何度も降りた(当日券にも並んで計5回みた)。もうラーメンズがいなくても手癖で来られるほど下北沢は近い。有明は遠い。バッグの中のクリアファイルから、有明で今おこなわれている某有名企業大説明会の会場の地図を抜き取る。遠い。間に合わないことを確認して落ち着く。『CLASSIC』でもらってきた知らない劇団のチラシも数枚、はさまっていた。就活モロモロを入れたファイルに先月遊んだ名残も入っている、そういうところがサボる自分とぶれてない。ぶれない自分にいらだちながら、捨てる前に公演名と上演日時を1枚1枚確認していく。
 その中の1枚に書かれていた、上演にあたっての挨拶文が、かしこまっててふざけてて、おかしくて誠実だった。きょう、これから、駅前劇場でやるらしい。
 「囲」の字のように9つの部屋に区切られたフロアの中で、人々が、何者かの侵入に怯えて扉に鍵をかけようとする話だったと思う。ばらばらの時間と空間のパズルピースが軽妙に丁寧に合わさっていく。どうなってるんだか、すごくおもしろかった。が、演じる彼らには、演技とはちがうソワソワを感じた。アガッているのかな、まだ若いみたいだもんな、と彼らより若い身でえらそうに思った。でもそのソワソワがかえって励みになった。はじまりの途中に立ち会った気がして。チラシを頼りに芝居を観るのは初めてだった。目当ての人が誰もいないのにおもしろかった。そのこと自体もうれしかった。
 どうなってるんだか、サボったくせに自信が湧いて、帰り、数日後におこなわれる福岡ラーメンズライブのチケットを全5公演ぶん買った。東京以外なら直前でも買えるんだな、と、地域による温度の違いというものをそこで知った。なんといって説得したのか、親には飛行機と天神のホテルをとってもらう。福岡から帰ってきた当日に面接を受けたソフトウェア開発会社から翌月、内定通知が届いた。そこでは8年働いた。

 彼らは扉という扉を開けていく。それをできる筋力が、工夫が、ボルテージが、この劇団にはある。11年前、どの扉に鍵をかけたらいいんだと大騒ぎしていた彼らが、同じ下北沢で今年、開けても開けてもまだ扉があると大騒ぎしている。

 やがて責任感などではなく、意地と好奇心で扉を開け進めていく劇中の5人。そのバイタリティーに唖然とする、まだ彼らを知ったばかりのメガネの男性。そのメガネ男性に(自分だって数時間前に5人に出会ったばかりの)電機会社の小さいおじさんは言う。「あの人たちはいつも驚くべきアプローチをしてくるんですよ!」
 たまたま道中で見かけた人でも、束の間にみた一面に心をつかまれ、そのことを誰かに誇りたくなることがある。一緒に歩いてきたなら、なおさらだ。2014年秋、各地で『ビルのゲーツ』に喝采があがる。噂を聞いたり誘われたりして初めて、あるいは久しぶりに彼らの舞台を観た人々は、そのおもしろさと劇団の上質なパワーにすぐには言葉がでないかもしれない。それをみて、これまでずっと彼らの公演の席に座ってきたお客さんたちは思うのではないか。「あの人たちはいつも驚くべきアプローチをしてくるんですよ!」

 客電がついてもすぐには立てなかった。情けないのでへらっと笑って、隣に座る、パズル部のさやかさんがどうしているか見てしまう。誘ったとき、この劇団の芝居は今回が初めてと言っていたさやかさんは「……!」という顔で紅潮していた。
 やーまいった、観るべきものを観るべき人と観た、と大満足の重みをどうにか抱えて立ち上がりロビーへ向かうと、花の匂いに迎えられる。劇団を讃える花々の。開演前はこんなに香りがしてたっけ、とさやかさんも言う。ビルを出てきたんだねと言おうとして、きょうはやめた。劇場を出る。日が射し、風は乾いていた。