草の匂い、葉の匂い


先週末、近所の小学校が開催する盆踊り大会に行ってきた。三軒茶屋に住む友人が、盆踊るためだけに電車を乗り継いでこの盆踊り大会に来ていると聞き、ぜひとも彼女が盆踊る姿をカメラにおさめようと遊びにいってきたのである。
会場に着いてみると盆踊りはすでに始まっていた。校庭一面の草の匂いが鼻を突く。少しクラッとするほど濃い匂いだったが、わずかに自然に触れた気がして嬉しい。自分がかよった小学校の校庭は砂と土だけだったので、草を生やしている校庭は新鮮である。草があれば、もう少し校庭に出るのも好きだったかもしれないと運動音痴の言い訳をするように思う。
友人らと話したらすぐ帰るつもりだったが、櫓を囲んで神妙に踊る人々を見てなぜかウズウズした。これがみんな笑顔ならば何も思わなかっただろう。やがて、たまらず、自分も輪に入る。
だが東京音頭も大東京音頭も炭坑節もまったく振りを知らない。振りの正解を踊ってる人を探して見よう見まねをするも、それももどかしくなって、キビキビ踊っている年配の女性に声をかけ、指導を受けながら踊る。決まったパターンの繰り返しだと教わるが、パターンの順番を間違えぬよう、節をはずさぬようと注意しながら真剣に踊った。なるほど、自分の顔の筋肉も笑みを作っていないことに気づく。

曲が、正規の盆踊り曲から70年代のディスコミュージックに切り替わる。激しいリズムにのせて炭坑節を踊るというのだ。すっかり日が暮れ、提灯の近くだけがぼうっと照らされる中、ためらいなく倍速の炭坑節を踊る人々。一方で、夜の校庭に興奮し、踊りの輪を、闇を、弾丸のように走り抜けていく子どもたち。ボランティアで来ているらしい仮面ライダー。夢を見ているのだろうか。
翌朝、体重計に乗ると前日より1kg以上減っていた。前夜、夢中で踊り続け汗だくになり、風呂のあとのビールも我慢して寝たのが良かったのだろう。
機嫌よく部屋の窓を開けると、朝の風にのって隣の大家さん宅の立派な庭から濃くて爽やかな香りが入りこんできた。あの、油分も感じるような、こっくりとした葉の匂いである。それでふと、自分は毎日この匂いを吸っているのに、昨晩の草の匂いの免疫はなかったなと思った。
たぶん昨晩のあれは、踊り続ける人々や走り回る子どもたちに踏まれた草の汁が、熱気で立ちのぼってきた匂いだ。たしかに草を踏む機会は今の自分の生活にはあまりない。
盆踊りには、この夏もう1度ぐらい行きたい。