Hijikini

 朝5時に目が覚め、起きて顔を洗う。ふと手をみると血がついていた。鼻血だ。

 乾燥のせいか鼻の粘膜が切れやすくなっているらしく、この冬はわりとカジュアルに鼻血がでた。勢いよく顔を洗うと手のひらに血、あるいは洗顔後にごしごし顔を拭くとタオルに血、エヘヘと照れて鼻をこすれば指に血、といった具合だ。なのでこちらも不意の鼻血には動じなくなっていた。
 わたしは鼻にティッシュを詰め、血さえ垂れなければ支障なしと踏んで、ワイヤレスイヤホンで音楽を聴き尻を振りながら洗濯機をまわしたり前晩の皿を洗ったり花の水替えをしたりした。一段落し、さて血も止まっただろうと鼻からティッシュを抜くと、ティッシュは思った以上に紅に染まっており、抜いたそばからまだ鮮やかな血が流れてくる。尻を振りながら家事を遂行したことで血流がよくなったのだろう。鼻血が出たときは安静にせよと教わったではないか。
 数分経っても血が止まっていないことに動揺したのか、もしくは血が出すぎたのか、わたしは足腰に力が入らなくなり、新たにティッシュを鼻に詰めてイスに座り、窓の外が明るくなっていくのを眺めた。夫はまだ寝ている。しばらくしてティッシュを抜くと、こんどは止まっていた。気を引き締めて、2月からの日課であるラジオ講座『基礎英語3』にとりかかる。


 午前中はずっと頭がほんのりくらくらしていて、仕事に身が入らなかった。血はだいじだ。昼はニラレバ定食にし、夜もなにか鉄分の多いものをとネットで食材を調べた。

 退勤後、夫と地元のスーパーで待ち合わせる。じつはさいきん鼻血が癖になっていること、けさは鼻血が止まらなくなり午前中はぼーっとしていたこと、応急処置としてニラレバ定食を食べたこと、ネットで知った貧血予防によいとされる食べ物などを伝えた。夫はうむうむとうなずきながら野菜や肉や乾物をカゴに入れていく。帰宅し、夫は夕飯のしたく、わたしはとりこんだ洗濯物をたたむ。できたよと呼ばれて食卓へ。

  • 豚バラとほうれん草のスープ(豚バラ、ちぢみほうれん草、にんじん、栃尾揚げ、大根、エリンギ、鍋キューブ「鯛と帆立の極みだし」)
  • ひじき煮(長ひじき、栃尾揚げ、にんじん、しょうが、砂糖、しょうゆ、酒、みりん)

 鉄分スペシャルだ。スープのちぢみほうれん草は甘く濃くほくほくとやさしい。しょうが味のひじき煮はさっぱりとしていくらでも食べられる。今まで生きてきたなかで一番おいしいひじき煮である。わたしの好物の栃尾揚げが、スープでもひじき煮でもその旨味を一身にとじこめていて、噛むほどに幸せが口の中にあふれた。

 夕飯を終えてわたしは器をシンクにさげながら『愛をこめて花束を』のサビの"花束"を"ひじき煮"に替えて歌った。すると夫はそれにつづく歌詞もさぐりさぐり替えて歌った。《愛をこめてひじき煮を 鉄分などをうけとって 鼻血なんて出さないでよね》
 きげんの良さを伝えたりないわたしは、『基礎英語3』で聞いたばかりの「関係代名詞をつかって感想を言う」というのを思い出し、"I'm very happy that you cooked good hijikini."と言ってみる。そのhijikiniの発音を気に入ったのか夫は、Piero Umiliani『Mah Na Mah Na』のメロディでヒジキニ、チュッチュールチュルと歌い尻を振りながら居間へ去っていった。