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『ワーカーズ・ダイジェスト』

津村記久子

ワーカーズ・ダイジェスト

ワーカーズ・ダイジェスト

ネットであらすじを見て、32歳になったら最初に読もうと決めてた本。
32歳会社勤め独身の男と女、それぞれの、仕事の大きな成功や恋愛沙汰などは特にない1年間。
これはすごく読みやすかった。し、すっごくおもしろかった。し、すっごくいとおしい。この小説を味わえるだけ生きてきて得したな、と32歳になった自分を何度も祝福した。“共感できる”ばかりを作品の評価基準としないようにしたいけれど、これは本当に、ことし大厄の自分の未来日記をおもしろく正直に繊細に書いてもらえていたようで、頬ずりしたくなる。口角を上げながらも歯は食いしばっている勤め人の、その顎の疲れのことが小説になっている。
わたしは、愚痴や弱音を安易に吐かないよう気をつけている(気をつけているだけで、実際は結構言ってるかもしれない)。気に食わないことの原因をつきつめていくと、たいていは、それをどうにかできない自分の至らなさに行き着いて最終的に自己嫌悪に陥るからだ。風邪をひいたことすら、できれば知られたくない。知られたくないから、うがい手洗いも入念だ。だけど一方で、そういう自分に「壁を感じる」と言ってくる人がいる。年に1度は誰かに言われる。一番古い記憶では18歳のとき、バイト先の同僚から言われた。「壁を感じる」なんてのは、ハタチやそこらで言語化できる感覚だ。覚えたての「壁を感じる」を同僚はわたしに放った。きっとそれ以前からわたしは壁を感じさせていたのだろう。自分は生粋の壁感じさせ人(にん)なんだなあ、と言われるたびに思う。生粋とか言ってるが、毎度新鮮にぐさりとはきている。自分の好きな人が、やたら愚痴や弱音を吐く人と深く親しくなっているらしいのを遠巻きから見やっては、いつも釈然としない。
この小説の2人の主人公・奈加子と重信は、文面の限りでは周りに愚痴をあまりこぼさない。自分にかかるストレスを、災難やわあ、ぐらいにしか言ってみせない。周りどころか自分のなかに抱え込むときですら、その苦しみをオモシロに昇華しようとしている。

どうして自分は一人で何とかなってしまえるのだろう。佐藤浩市みたいな上司にもっともらしい言葉をかけられるようなこともなく。

だが佐藤浩市みたいな上司がいたとしてもうさんくさいと思うだろうな自分は、と胸の内でもボケっぱなしにしない一人上手ぶりだ。
心当たりのない私怨、若い人からの軽視、かまえかまえと難癖つけてくる顧客、同級生からの挑発、そういうのをヘラヘラとかわしてどっこい生きてる。かわしたつもりが、そのヘラヘラにすら「逃げている」と絡まれる。本当は泣きわめきたいけど就業中だから、ロッカー室でイヤホンを耳にねじ込み数曲聞いて水道水を1杯飲んで立ち直る。グルメ本のカレーやハンバーグの写真を眺めて機嫌を良くする。
そうなの、そうです、わたしもそうです、と本を持つ手にぐっと力がはいった。壊れそうな自分をお安く手軽にごまかして、また働きに出るんです。相手も自分も否定しないのが一番コストがかからないとか、相手も自分もより良く生きたいには違いないってことが最近わかってきました。自分が悪くなくても誰かの不機嫌に巻き込まれることはある。その逆も。悩みながらも冗談は言いたい。愚痴を言わないから得た信頼だってあるじゃないか。弱音を吐いたつもりがなくっても、立ったついでに背中をさすってくれる友だちもいる。「壁を感じる」と言ってきた人は、本当はもっとわたしと関わろうとしていたんじゃないだろうか。
お安く手軽に、と自嘲癖で言ってしまうが、楽しみを薬棚に常備して、気持ちがすりむいたらサッと取り出せるのは自分がいい思いをたくさんしてきた証拠である。大人になるっていいもんだ。みんなやってることなんだ。そんで、みんな、えらいんだ。昇進も結婚もしなくても、大きな病気もせずコツコツ働いている自分を誇っていいんだ。
カバーをはがすと本体表紙はサーモンピンク。やわらかくてやさしい。ぎゅっと抱き寄せる。

津村記久子小説に登場する芸人一覧

ほぼ私信ですが、

みよしさーん、そういったわけでひとまずここにまとめておきます。といっても今のところ自分が読んできた中では3作品にしか当たってませんし、津村さんも津村ファンもこれ目当てで読まれたくないかもしれませんが……。でもこれ目当てで読む人が好きそうな作品ではありますよ。どんなふうに名前が出てくるのかもお楽しみに。

作品登場芸人名作品感想
ミュージック・ブレス・ユー!! ジャリズム
八番筋カウンシル "バッファロー吾郎の竹若"
メッセンジャー
笑福亭仁鶴
中川家
ワーカーズ・ダイジェスト 梅垣義明
バッファロー吾郎
ブラックマヨネーズ
モンティ・パイソン
桂枝雀