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布団

元旦に母とケンカして実家を飛び出してきて以降、親とはほとんどコミュニケーションをとっていなかった。松が明ける直前に母から年賀状の追加印刷依頼がきたが(実家の年賀状は毎年わたしが作っている)、依頼どおりに刷って実家の郵便受けに放り込んだ、それぐらいだ。松の内はまだ私に「親は元気で会わぬが気楽」という気持ちがあった。
こんや、帰宅してテレビをつけると、ニュースが「明日の関東地方は記録的な大雪の可能性」とおどかしてきた。
星野源in武道館のために東京に来て、ついでに東京旅行をしている友だちのN子さんが、明日はウチに泊まりにくる予定だった。N子さん、旅行中に大変だな、とぼーっと参考映像の過去の大雪を見ていたが、はて、大雪の夜とはどれほど寒いのだろう、と東京生まれのわたしは急に不安になる。客用布団は申し訳程度の1組あるが、あれだけでは大雪の夜にN子さんに風邪を引かせてしまうのではと前夜になって心配になりはじめたのだ(大雪でなくとも2月の夜はきわめて寒いことに思い至らなかったのがまず問題である)。布団が足りない、でも今から注文しても明日までに手に入らない。慌てて実家に電話した。「ふとんかして」
10分後には実家にいた。なぜか食卓でビーフシチューを食べていた。ビーフシチューを食べていたが、なぜか食卓にはたくあんと鰆の焼いたのも並んでいた。父が私にお茶をだし、母が私にラフランスをむいている。
実家の玄関前でわたしは、ちゃんと元旦のアレ以来であることの気まずさをわきまえ、布団を受け取って即帰ろう、なんなら靴も脱がずに玄関先で布団の受け渡しをおこなおう、と他人行儀を決めこんだ、はずなのに、気がつくと両親に手厚くもてなされていた。父など、今までそんなことしたことないくせに、わたしが食べている最中のビーフシチューに粉チーズをふりかけてきたし、ラフランスをむきおわった母は「かりんとうあるけど」と言ってくる。
これいじょう甘やかさせてはいけない。かりんとうは毅然と断り、布団を催促。ラフランスは食べて、3人で和室に移動。押し入れからどさどさと客用布団を出して次々ひろげる父。腰に手を当てて物色するわたし。せっせとたたむ母。わたしは1枚の冬掛けをロールケーキ状にまるめて肩にかつぎ、敷き布団を1つ指して「2往復するので」と運搬計画を両親に告げ実家を出た。灰色の雲に覆われた夜空を仰ぐ。ぼやけた月。肩の布団。夜逃げだと思う。
まもなく自宅につく、という頃にうしろから人の気配が。誰かきた。夜逃げだと思われる。いや、夜逃げって布団かついでいく余裕ないよな。泥棒だと思われる? 隣の部屋の人だといやだな。近づく足音。怪しい者ではありません、どうぞ通り過ぎてください。歩速を弱める。
「重いのか」父の声。ふりむくと両手で敷き布団を持った父。と、なんらかの紙袋を持った母。2往復するって言ったじゃん!布団をかついできた親に駄々をこねる布団をかついだ娘。
はたして真冬の夜、父(72)、母(69)、娘(32)でわっせわっせと布団を運んだ。夜でも親でも布団でも、力を合わせるのは清々しい。助かりました、他にも何かいるものあったら電話しなさい、ありがとうおやすみなさい、と爽やかに別れた。
元旦の話はしなかった。母が置いていった紙袋には筑前煮が入っていた。