選句用紙を書き起こし。作者のわからない30句。実際は縦書き・均等割付。
- いい奴が振られる奴で冬の空
- この中に木の葉に戻る人がいる
- 手に馴染むテニスボールやテニスはせず
- 毬唄の終らぬといふこはい夢
- てをつなぎ長体になる冬木立
- 如月やすぐ顔そむけ女子男子
- 冬蜂の事切れてすぐ吹かれけり
- 俺じゃダメかと木菟が言ってくる
- 好きな木とそうでない木と冬の星
- パタリロのように師走の伊勢丹を
- 絶筆のごと寒鯉の尾ひれ揺れ
- マフラーを渡しそびれて次号かな
- 能舞台から雪舞って生ハムは赤
- 「ちょうど良い木の棒」と思う冬の棒
- 夜咄の雲のはなしに終わりけり
- 着ぶくれと重ね着の差を諭される
- ぬこ寄って着て猫となる春隣
- 風花や大事なことだから黙る
- 声冴ゆるふらんす堂のパラフィン紙
- 出世景清関節可動域に雪
- 少年の心臓鳴るや雪明り
- 鯛焼きの腹の熱くて先を持つ
- 肉饅や歯ブラシを買う初詣
- 真冬の真顔、妙なところに一拍置く
- 冬木立ふと檻の中めきにけり
- ポケットの穴を知られたような二月
- 定宿の障子に虎の影うつる
- 冬空に負けないようにシアン下げ
- 直向きに進む売れつ子冬灯
- アイロンのいらない服が好きな服
来場客は開演前に、この中から「特選(ベスト1)」1句に☆、「並選(好きな句)」6句へ○、「逆選(文句つけてやりたい句)」1句に×をつけ、スタッフに提出。
ひろこ選
私の選句と評は以下のとおり。
- この中に木の葉に戻る人がいる
- コノコノがかわいい。し、誰かが操っている場にいるかと思うと怖くて良い。
- 毬唄の終らぬといふこはい夢
- 夜咄の雲のはなしに終わりけり
- アラビアンナイトでシャハラザードが、不思議な話を気になるところで終えるのを思った。しかし夜どおし語る「雲の話」ってなんだろう。
- 風花や大事なことだから黙る
- ネットでよく使われる“大事なことなので2度言いました”*1に対する、大人としての「若い人らはそう言うが」の意も込めたオヤジギャグなのかな、と。それを「風花や」と美しそうに言い始めてるのがおもしろかった。
- ポケットの穴を知られたような二月
- 一月は年の初めで気を引き締めて臨むけど、二月ぐらいになると隙ができてきて、ポケットの穴みたいに自分の指しか知らなかったことを他人に知られてしまう、ということもあるんだろうな。「ポケットの穴を知られたような」って自分も何かで言ってみたい。
- 直向きに進む売れつ子冬灯
- 「売れっ子」という皮肉ともとれる呼び方をしながら、その人を「ひたむきに進む」と、努力する姿を評してる気持ちの混沌がおもしろい。
- ☆冬蜂の事切れてすぐ吹かれけり
- 迷わず特選に。死んだとたんに埃と同等の軽い物体になってしまう蜂。途中まで(内容も字面も)壮絶そうなのに「すぐ吹かれけり」の無情がとても俳句っぽかった。今の自分じゃ作れないと思うし、自分が俳句を作ったことがなかったらこの句選んでなかっただろうなとも思う。
- ×いい奴が振られる奴で冬の空
- 「いい奴が振られる」って言うのが安直で雑に感じた。「振られる奴」のことを「いい奴」扱いするのは乱暴だと思う。
- 予選(選ぶか迷って外した句):声冴ゆるふらんす堂のパラフィン紙
- 予選:少年の心臓鳴るや雪明り
今回、お題に「くり返ししばり」などがあるのかしらと思うほど、同じ字をくり返し使う句が目に入りました。その1句だけだったら惹かれたくり返しも、一度に何句も見たところでおなかいっぱいになってしまい、くり返し句はぜんぶ選からはずしてしまうことに。
出演者選
開演。出演者陣の選句を発表。(句のあとの名前は選んだひと。無印:並選、☆:特選、×:逆選)
- いい奴が振られる奴で冬の空 :長嶋☆
- この中に木の葉に戻る人がいる :千野、長嶋、堀本
- 手に馴染むテニスボールやテニスはせず :名久井、堀本×
- 毬唄の終らぬといふこはい夢 :米光×
- てをつなぎ長体になる冬木立 :名久井、堀本☆
- 如月やすぐ顔そむけ女子男子 :米光
- 冬蜂の事切れてすぐ吹かれけり :千野、米光、名久井、長嶋
- 俺じゃダメかと木菟が言ってくる :名久井×
- 好きな木とそうでない木と冬の星
- パタリロのように師走の伊勢丹を :名久井
- 絶筆のごと寒鯉の尾ひれ揺れ :名久井☆
- マフラーを渡しそびれて次号かな :千野☆
- 能舞台から雪舞って生ハムは赤 :長嶋
- 「ちょうど良い木の棒」と思う冬の棒
- 夜咄の雲のはなしに終わりけり :堀本
- 着ぶくれと重ね着の差を諭される :千野
- ぬこ寄って着て猫となる春隣 :長嶋
- 風花や大事なことだから黙る :千野、米光、堀本
- 声冴ゆるふらんす堂のパラフィン紙 :長嶋、堀本、観客票数No.1
- 出世景清関節可動域に雪 :米光☆
- 少年の心臓鳴るや雪明り :米光、観客特選数No.1
- 鯛焼きの腹の熱くて先を持つ :千野
- 肉饅や歯ブラシを買う初詣
- 真冬の真顔、妙なところに一拍置く
- 冬木立ふと檻の中めきにけり :長嶋
- ポケットの穴を知られたような二月 :観客票数No.2
- 定宿の障子に虎の影うつる :米光、名久井、堀本
- 冬空に負けないようにシアン下げ :千野×、堀本
- 直向きに進む売れつ子冬灯 :名久井、長嶋×
- アイロンのいらない服が好きな服 :千野、米光
今回も盛り上がりました!の3時間。覚えているやりとりなどを。
- 冬蜂の事切れてすぐ吹かれけり
- 作者を明かさなくてもわかってしまった人気句。千野「冬蜂句は村上鬼城の《冬蜂の死にどころなく歩きけり》を超えるものはないと思ったが、これはそれにひけをとらないすばらしさ。“事切れて”の大仰さにつづく“すぐ吹かれけり”の軽さ、あっけなさが俳句っぽい」 名久井「すぐ吹かれてしまうのも、冬の乾いた地面を思わせる」など。/千野さんの選評で“村上鬼城”の字は鬼の城だと説明されたとき、長嶋「大家ですけど中二病みたいな名前ですよね」 堀本「そんなことないです」と堀本さんが即否定したのがおもしろかったです。
- アイロンのいらない服が好きな服
- ↑の堀本さんの冬蜂句をみんながまだ絶賛している最中に、胸の内でどういう展開があったのかわからないけど米光さんが急にこの句について感想を言い始めてみんなびっくりしてました。 米光「この……おしゃれよりも着心地みたいな……クウネルみたいだよこの句は……。クウネル句だ!」 長嶋「えー?イトーヨーカドー句じゃない?」 千野「いや、通販生活句だよ。このままコピーに使えそう」 /米光「こういう、凝ったことはしません、ラクチンなのが好きです、よくオヤジみたいって言われるんですーっていうクウネルみたいな女子!いるんだよなーって思いながらも、でも気になって……」 米光さん何かあったの……。 名久井「米光さんは違うクウネル読んでると思う。クウネル女子はアイロンかけるしお弁当もちゃんと作るもん」 長嶋「すごい米とぎそうだよクウネルって」
- この中に木の葉に戻る人がいる
- 千野「コノ、コノ、のくり返しも楽しいし、さりげなく冬の季語“木の葉”も使われていてしゃれている。木の葉に“戻る”というのも考えてみると不思議な言葉だ」 長嶋「ファンタジーとして解釈するだけでなく、たとえば自分が乗っている電車の中の人たちを見てこう思うこともできるから面白い」 /長嶋「“この中に”といえば“この中にお医者様はいらっしゃませんか”が『この中にランキング』の上位だよね」 千野「あと“この中に犯人がいる”もでしょ」 長嶋「いや……その場合は“犯人はこの中にいる”、って“犯人”を先に言うから厳密には『この中にランキング』には入れられない」 千野「語順があるんだ……」
- 風花や大事なことだから黙る
- 千野「これも“風花”の軽さと“大事なことだから黙る”の重さの取り合わせがいい」 名久井「黙る句といえば、長嶋有さんの《外灯や氷踏むときだけ黙る》が好きで、それを越えてない気がして選べなかった」 長嶋「『黙るランキング』ね!」/その後、作者は長嶋さんとわかり。長嶋「昔の自分を越えられなかった……」 千野「でもこれもいい句だよ。有名じゃないほうの黙る句ってことにしよう。『あれ、なんだっけ、だめだ2番歌えないや』って思い出せないほうの」 長嶋「カラオケなの」
- 定宿の障子に虎の影うつる
- 米光「なんかもう、定宿も障子も虎も影もぜんぶかっこいい。赤江瀑みたいな世界が好きなんだよ僕は……」 虎の影といっても本物の虎ではなく、通りかかった小動物の影を虎といっているのだろう、そこも粋だ、と選んだ3人。 長嶋「僕はこういうの、虎と言われたら虎と思うんだよね。みんなもっとさあ、字義どおりにうけとる感受性の無さを捨てないでほしい」 でました男の名言
- 声冴ゆるふらんす堂のパラフィン紙
- 会場人気No.1だった句。 句集、詩集などを扱う出版社ふらんす堂の本にはパラフィン紙が巻かれているものが多い、と。 名久井「パラフィン紙にはガラスの粉が入っているんですよ。そのガラス粉が本を湿気から守るんです」装丁家の紙知識に\おおーっ/と沸く会場。 名久井「でもふらんす堂のパラフィン紙が特別なパラフィン紙というわけではないです」きっぱり(笑)。
- 冬空に負けないようにシアン下げ
- 千野「冬空の澄んだ青さに負けないようにするならシアンは上げるのでは?」色の調整として矛盾するのではと首をかしげるみなさん。 名久井「あの……これはたぶん私への挨拶句だと思うのですが……。たしかに情熱大陸で『シアン下げて』って言ってた場面が流れてました」 句の作者は米光さんでした。米光「言ってたんだよ『シアン下げて!』って。しかも空の画像を扱ってたとおもうけど、よくわからないまま使っちゃった」 千野「印象的だったんだ、『シアン下げて!』が。『倍返しだ!』みたいに」 長嶋「流行るね。『シアン下げだ!』」/色指定の話から、長嶋「このあいだ蛭子能収さんとみうらじゅんさんのトークを聞いたんだけど、蛭子さん、原稿の色指定をCMYK値で書くんだって。でも“Y=100”って指定してて、みうらさんに『それもう“黄色”って書きなよ』って言われてた」
- 直向きに進む売れつ子冬灯
- 名久井「こういう、挨拶句がおこなわれる句会に参加するのは初めてで、ゲストとして出るならきっと挨拶句をいただけるだろうな、そしたら一番きゅんときた挨拶句を1つ選ぼうと決めてました」“直子”という字が入っているこの句。 米光「僕のも挨拶句だったんだけどね……」 千野「ねるとんだね。『お願いします!』って男たちが」 米光「シアン下げたばっかりに」/長嶋「名久井さんは僕がひらく句会にも参加しているけど、そこでは挨拶句を別段いいものとして扱ってないんだよね。僕が気づかないから。これも挨拶句だとは気がつかなかった。(逆選の理由は)“売れっ子”という語がおもしろいのに、それを“ひたむき”という努力をあらわす語が意外性をなくしていると思って。ひたむきにがんばってるから売れっ子なんだと説明されたような。たとえば“まっすぐと進む売れっ子”とかだったら、売れっ子の特異性みたいで笑えたかも。『人もよけずにまっすぐ歩いてる!さすが売れっ子!』と。……でも、ひたむき(“直”向き)である必要があったんだよね……」
- てをつなぎ長体になる冬木立
- 堀本「2人が手をつなぐとMの形になる。それが西日に照らされ長体(縦長の字体)になってるという理屈と事実の甘さがすばらしい」 名久井「今回の2つのお題のうち、1つは“木(という字を使う)”で、そちらの題にも適っているけれど、もう1つのお題“少女漫画しばり(少女漫画を思わせる)”でもあるのかなと思いました」
- いい奴が振られる奴で冬の空
- 長嶋「先日まで小学館漫画賞の審査員(ブルボン小林名義)として児童向け、少年向け、少女向け……とそれぞれ部門別に大量の漫画を読んだんだけど、41歳の男として少女漫画にピンとこなくて苦しかったんだよね。そんな中で(前回の東京マッハ優勝者として)お題を求められて『お前らもちょっとは少女漫画のこと考えろ!』という意味で、お題を“少女漫画しばり”にしました。……で、とにかく振られるんだよ!いい奴が。少女漫画あるあるとして嬉しかった」
- 手に馴染むテニスボールやテニスはせず
- 堀本「テニスやればいいのに……」 長嶋「いや、テニスはしなくてもテニスボールって触っていたいじゃない。テニスボーラーとしてさ」 テニスボーラー?/堀本「“テニスボールや”と(意味の切れを示す)切れ字が入ってるのに、そのあともまだテニスはしないとテニスのことを言ってるのがひっかかった」
- 俺じゃダメかと木菟が言ってくる
- 会場に道尾秀介さんが(私の隣にいらっしゃいました。まつ毛が長くて美しい男性だなーとじろじろ見てたら道尾さん……!)。壇上から、道尾さんが気になっている句を訊かれ答えたのがこの句。 道尾「木菟、と呼ばれる男であることが後からわかっていく、小説の書き出しみたいでおもしろいなと。木菟は漢字なのにダメはカタカナというのもいい。カタカナでいう“ダメ”は、じつはそんなにダメじゃない」 千野「道尾さんが言うとそういうふうに読めてきた!」 名久井「……でもやっぱりミミズクに口説かれてるような気がする。首がぐるーっとまわるし、ホーホー言ってるし、猛禽だから、ちょっとダメだなあ」
- マフラーを渡しそびれて次号かな
- 長嶋「これ『君に届け』にまさにマフラーを渡しそびれるシーンがあって、それを名久井さんが『ゼロ年代で久しぶりに、マフラー渡しそびれる漫画が!』って興奮してた」
- 如月やすぐ顔そむけ女子男子
- 長嶋「これはさー、少女漫画をひたすら読んでると、どの漫画も顔そむけてばっかりなのが気になってきて。……って言ってもきっとみんな『いやいや、そんなにそむけてないでしょう』って言うと思って、証拠の資料持ってきたんだよ」と十数枚の紙を会場にまわす長嶋さん。なんと少女漫画のそむけシーンばかりを集めた資料で、丁寧にペンでそむけを囲んであるという(笑)。や、まあ、たしかにそむけはよく見るなあとは思ったけど、こんなにまとめてそむけを見せられると圧巻ですな……。終演後に一部拝借してきました。
あー、毎度のことながら濃密な3時間、なかなか書き終わらない……。でもとにかくおもしろかった!仕事早退して行った甲斐がありました。イベントの予約受付開始日が平日、イベント専用フォームからのみ予約受付、会場キャパ100人程度、月曜19時開演、床座り……と幾重にもマッハ愛を試された気がしますが、おもしろかったのでチャラです。愛は勝つです(←わざわざ言ってるあたり、あんまり勝ってない)。
次回の東京マッハは長嶋さんの句集(ふらんす堂より4月出版予定)記念で春頃やりましょうとのこと。たのしみ!
作者
- いい奴が振られる奴で冬の空 千野帽子
- この中に木の葉に戻る人がいる 名久井直子
- 手に馴染むテニスボールやテニスはせず 長嶋有
- 毬唄の終らぬといふこはい夢 千野帽子
- てをつなぎ長体になる冬木立 米光一成
- 如月やすぐ顔そむけ女子男子 長嶋有
- 冬蜂の事切れてすぐ吹かれけり 堀本裕樹
- 俺じゃダメかと木菟が言ってくる 千野帽子
- 好きな木とそうでない木と冬の星 名久井直子
- パタリロのように師走の伊勢丹を 米光一成
- 絶筆のごと寒鯉の尾ひれ揺れ 堀本裕樹
- マフラーを渡しそびれて次号かな 名久井直子
- 能舞台から雪舞って生ハムは赤 米光一成
- 「ちょうど良い木の棒」と思う冬の棒 長嶋有
- 夜咄の雲のはなしに終わりけり 千野帽子
- 着ぶくれと重ね着の差を諭される 名久井直子
- ぬこ寄って着て猫となる春隣 堀本裕樹
- 風花や大事なことだから黙る 長嶋有
- 声冴ゆるふらんす堂のパラフィン紙 米光一成
- 出世景清関節可動域に雪 長嶋有
- 少年の心臓鳴るや雪明り 堀本裕樹
- 鯛焼きの腹の熱くて先を持つ 名久井直子
- 肉饅や歯ブラシを買う初詣 米光一成
- 真冬の真顔、妙なところに一拍置く 千野帽子
- 冬木立ふと檻の中めきにけり 堀本裕樹
- ポケットの穴を知られたような二月 長嶋有
- 定宿の障子に虎の影うつる 千野帽子
- 冬空に負けないようにシアン下げ 米光一成
- 直向きに進む売れつ子冬灯 堀本裕樹
- アイロンのいらない服が好きな服 名久井直子