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あまちゃん』。太巻に対する春子の正論が痛々しい。正論言う人のほうが状況として負けている、みたいなことを『最高の離婚』の真木よう子のセリフで言っていたような。夏ばっぱや鈴鹿ひろ美と対決したときもそうだったけど、春子の怒りかたはドメスティックで相手に依存してるから、怒りはもっともだけど共感できず傍観者としては心が離れてしまう。これを主役(春子もある意味で主役だよね)にやらせるのがすごい。
前夜つくったカレーの鍋を片付ける。カレー鍋はシリコンスパチュラ(とか書いてみて言い慣れてないから恥ずかしい、ゴムベラ)でこそげば洗うのがラクだと知ってからカレーづくりを気負わなくなった。一人暮らしを始めた頃は、何かで見かけた“暮らしの知恵”により、空いたカレー鍋で炒め物をしたり、米や具を入れてカレーピラフにするなどして洗う面倒さから少しでもおトクに解放されようとしていたが、かえってその最後の工程が面倒くさくてカレー離れしていた。

読んでる本

文・堺雅人2 すこやかな日々

文・堺雅人2 すこやかな日々

なかなか読み進めなかったが、やっとこちらがノッてきて半分ぐらいまで読み進めた。文章がすばらしいし、堺さんというキャラクターが可愛らしいし、すごく面白いんだけど、わたしがばかなせいで堺さんの雄大な想像や理論についていくのがたいへんで、1章読むごとに「……このひとめんどくせええ(そこが好きなんだけど)」と息切れをしていたのだった。ちょっとした気づきからすぐ地理や歴史をベースに話をひろげるので(や、堺さんは全然難しいことを書いてないんだけど)不勉強な自分は文字を追うのに必死になってしまう。でも堺さん自身も、この本でいう前半部分の連載時はそういうモードだったようだ。 しばらく続く温故知新モードが明けるとそこから今度は軽やかな文体と字面になるが、でもやっぱり読み応えある章が続く。「たべる」の章の俳優指南が楽しかった。「読書感想文」などは堺さんの子どもの頃を思うからオモシロ可愛らしいけどやっぱり「……このひと(略)」という具合で、とにかくあの柔和な顔の内側にこれがあるというのがシビレる。相槌打つぐらいしかできないけどこういう人と飲みたいしつきあいたい。 などとウフウフ読み進むうちにこの連載も3.11を迎えた。あっ、と思ってページをめくるとしばらく言葉の無いグラビアページ。よくできている。震災時に仕事で北海道にいた堺さん、持っていた本のなかに長嶋有『ぼくは落ち着きがない』があった。店頭で見つけて購入。オビ文から察すると最終巻? 「最終巻?」と思いながら読み始めたからか、☆テレビとひぐまテレビの対立構造が前面に出ていてなにやらざわついている。あと前巻までをだいぶ前に読んだきりだったからか、雪丸ってこんなに、こんなにばかだったっけ、とちょっと心が離れた。どうやら私はじぶんが(深刻に悩むほど)ばかだから、同族嫌悪というか、物語のおバカな主人公をアハハと笑えず受け入れられないみたいだ(『あまちゃん』のアキも上京当初は受け入れられなかった)。でも第40話の歌詞には泣いた。“あの窓のむこうにはテレビを見てる人がいる”。……そうそう、この雪丸の言葉のはしばしには意外なほど熱いテレビマン魂があるのに、それが行動に伴ってないのがやっぱり「うーむ」と思わせるんだよなあ。ていうか私がそうなんだよなあ。とか思っているうちに読み終わらず寝落ち。

つくった料理