『12人の優しい日本人』

  • 2005/12/13(火) 19:00〜
  • 於 渋谷パルコ劇場

きのうはロビーで三宅裕司さんを見かけた。見かけたというか目が合った。2秒ぐらい。たしかにむこうも一瞬止まってこちらを見ていた。 あまりにも私が堂々と正面から見ていたから、「知り合いか?」と考えさせてしまっただろうか。うーん、もちっと粘れば良かった。


さて、感想です。


隙間のない喜劇でした。
笑って笑って笑った、けど、でも、涙が溢れて止まらなくなってしまったシーンが2箇所だけあって、


1つは、劇の後半。
陪審員2号(生瀬勝久)が6号(堀部圭亮)に詰め寄られるところ。 議論は何度も覆されて、それでもようやくみんなが「無罪」を理由つきで納得しはじめた頃、まだ「有罪」から離れようとしない2号に、早く帰りたい6号が「融通が利かないヤツだ」「あんた、そんなにヒマなのか」と責める。それで何も言わない2号。
このときなぜだかグググと涙がこみ上げてきて、手の甲にボタ、ボタ、ボタと大粒のやつが落ちていった。 なんだろう、怒りの涙かな、悔し泣きかもしれない。
納得がいくまで話し合うことはルールとして正しいことだけど、その信念のせいでみんなの都合を狂わせているという事実を突きつけられて何も言えない、それでも簡単に折れることはできない・・・自分の意見でなく立場を否定されている2号の、行き場のなさみたいなものに、グーッと涙腺を握り絞られたような感覚だった。


もう1つは、ラストシーン。
被告を確実に「無罪」だと論証できることがわかり、疑いなく11人が「無罪」についた、だけどそれでも2号が「あんな女を無罪にするわけにはいかないんだ!」とわめく。 そこで11人も2号自身もハッと気づく。 はじめ、あんなに理性的で論理的だった2号が、いつしか被告に自分の別れた妻を重ねてしまっていることを。 11号(江口洋介)の「ここではあなたの別れた奥さんは関係ないんです」、7号(温水洋一)の「言っちゃいなよ、ね」の言葉で、うつむいたままゆっくりと手を挙げ「・・・無罪」と12票目を入れる2号。
この場面で、それまで表面張力で私の目に溜まっていた涙の玉が一気に壊れて、ボタボタボタ、ダクダクダクと流れていった。 泣けてきた理由は、自分でも泣きながらなんとなくわかった。
議論の途中から、自分の提示した意見が正しくないということに、本当は気づきはじめていた。 寸前まで「正しい」と指示されていた自論が何かのきっかけで覆されて、そのとき丸められてしまえば良かったのかもしれない。 でもここまで築いてきた自分の意見を「そうか、それならそちらが正しい」でひっくり返すのが恐かった。自分の信念が間違いであることを受け入れる勇気がなかなか出なかった。
そんな張り詰めた気持ちを、まわりのみんなの「もう意地張るころではないんだよ」というまなざしの中でやっとほどくことができた。 そこからこぼれてきた、安堵の涙だったのかなぁ、と。*1


話し合いで対立する意見が出るとき、その意見の優勢・劣勢がそのまま支持者の勝ち負けであるかのように扱われるのが滑稽で哀しい。 意見ひとつで自分の人格が否定される、なんてことは本来あるはずないんだけれども、どうしても白と黒が並ぶとゲームの気持ちになってしまうものなのかな。
厳格であるべき陪審裁判の場を、面白くしていたのがそのゲーム要素で、でもストーリーをゲームな結果に落とさないところがやっぱり面白い。 劇場パンフレットでは三谷さんが「正義が悪をこらしめる、わかりやすい展開があります」みたいなことを書いていた気がするのだけど、全然そんなんじゃないと思う。正義と悪じゃないよ。誰も悪くないように、三谷さんが描いてるじゃない。


自分の考えが変わりたがっているとき、マインドBが冷静に「面白い、大丈夫。変わっていいよ、進んでいいよ」と背中を押してくれるようになったのは、私にとってはつい最近のこと。 それでもまだ今も、ふりだしの意見のまま頑なに突っ走ることのほうが多いけど。
子どもの頃に見た映画版*2では泣かなかったのに昨晩の号泣は、そんな経験値の違いだったのかな。


ところで。
こうして「2号が」「2号の」と2号言動に対する感想ばかり並べてきましたけれども。
ええそうですよ。漏れなく私も2号=生瀬さんに堕ちましたよ。
なんだぁあの男前オーラ!? や、オーラなんてフワ〜ッとしたもんじゃない。ビームみたいに強かった。2号が追い込まれた件で泣けたのも、彼に惚れて感情移入していたからなのかなー。ぃやだよまったく。
今回の『12人〜』の再演が決まったときの新聞記事には、たしか三谷さんがチーエグ*3の舞台出演OKを勝ち取るまで粘りに粘った、みたいなふうに書いてあったから「あ、こりゃチーエグに完敗、って運びにさせる気だな?三谷さんよぉ」と構えていたんですよ。 でも先に観にいった人々が軒並み生瀬さんにヤラレて帰ってきてたからどういうことかと思ったら、さぁ! もーまいったね。 2005年の舞台観納めで、ドカンと濃い〜い恋注射を打ち込まれてしまいました。
でも今回の舞台のキャスト、みんなハマってる。大好きだな。

*1:「かなぁ」って憶測みたいに書いてるから、まるで2号が泣いてたように感じられますけど登場人物は誰も泣いてません。いずれも客席の私が泣いただけです

*2:映画版『12人の優しい日本人 [DVD]

*3:江口洋介さん、ね