インターネットでの愛情表現

きのうの矢野顕子『さとがえるコンサート』の中でこんなシーンがあったと、sahyaさんの日記*1で。

あ、そういえば、途中の MC でこんなことも言ってらしたんですね。
「今はインターネットで、その日のうちに『何の曲を、どんな順番で演奏したよ』ってことが公開されるけど、わたしはきのう演奏した内容と今日とは違って、今『次はどうしようかな』と考えているくらい。だからいいんだけど、かっちりパッケージングして、ステージを考える人にとっては、そうやって情報が出回ってしまうことというのは…愛情がないですよね」
わたしはちょっとドキリとしたんですが、「わたしはいいけど」っていう言い方をアッコちゃんはしていて、でも、いわゆるネタバレ的なことを書くときはわたしは「続きを読む」で畳んだりするけど、それって単なる表向きのエクスキューズに過ぎなくて、本質的には「愛情がない」ことをしているのかなあ、とか、ちょっとぐるぐるっと考えました。

これを読んで、私もドキッとしました。
まさに私は観てきた当日にセットリストをここに載せました。「続きを読む」で畳んで、読み手の意志にまかせたふりをしていたけど、限られた空間でのできごとを公開していることには変わりはない。


愛情がない、のかな・・・。作り手がそう思うならそうなんだろう。
うれしい勢いだけでなんにも考えてなかった。アッコちゃんのステージを観てきたことを自慢したくて書いた。アッコちゃんはいろんなアーティストとつながってるということを、読んでる人に知ってほしくて書いた。むしろ詳しく書くことが愛情表現のひとつであるとさえ思っていたかもしれない。
アッコちゃんはいつもにこにこふわふわしているのに、ときどきビシッと厳しいことを言う。


それで、私は、でも、これからも、面白かったこと、嬉しかったこと、いろんな公演の内容をここに書いてしまうだろうなぁ。だって他の人がそうやって書いてくれる感想や記録を、自分が楽しみにしているもの。
むずかしいな。