交互に眺める

 20時に会社を出る。殺伐。しかも朝昼と夏をも思える暖かさだったのに一転、極寒。「さすがにもういいな」とヒートテックを選ばなかった朝の自分を責める。
 電車に乗り込み、空いた席に座り読みかけの本をひらく。次の駅で乗りこんできた人たちがわたしの前に立った。40代後半ほどの男性と、小学4年生ぐらいの男の子がつれそっている。たぶん親子。お父さんのほうは会社帰りといったいでたちだが、何かイベントでもあって息子と一緒にこの時間に帰っているのだろう。
 彼らは、何を話すでもなくお父さんの手のひらにあるスマートフォンを一緒にのぞきこんでいた。子どもに動画などを見せてやっているのだろう。たまに子も画面を指でなでる。
 本を読む視界の隅に、いつまでもお父さんの腕に顔をつけるようにしてスマートフォンをのぞく子のようすが入る。そんなに画面に夢中ならスマートフォンごと子どもに渡したらいいんじゃないかと思うが、子どもにはスマートフォンを渡さないという父なりのルールがあるのかもしれないし(子どもは驚くほど操作を発見し覚えるというし)、子もあえてお父さんの手のひらの上で眺めたいのかもしれない。何も言わないが、甘えたいのかもしれない。お父さんと二人で夜の電車に乗るということが彼にとってめずらしく、甘やかなことなのかもしれない、などと勝手に想像する。
 しばらくした停車駅で、わたしの隣に座る人が立ち、降りていった。目の前の父子のお父さんが、何も言わないが、目線で子に座りなさいとうながす。子はわたしの隣に座る。すると、少しして、お父さんがスマートフォンを子に渡した。あれっ、渡すんだ、とわたしは本に目を落としたまま小さく驚く。子は、受けとったスマートフォンを両手で持ち、神妙に眺めていた。が、ほどなくして父に返した。やはり何も言わずに。あれっ。
 息子から受けとったスマートフォンを眺める父。数十秒ほどして、また息子に渡す。受けとる息子。
 なんの往復運動でしょうか、と息子が受けとった瞬間に画面を見やると、白い丸と黒い丸がランダムだが整然と並ぶ絵が見えた。碁石だ。息子はスマートフォンを両手で持ってぐーっと見入ったかと思うと、1分ぐらいでまた無言で父に返す。
 対局と気づいて、わたしはにわかに、38度ぐらいの湯船につかっているような気分になった。