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どこかにあるユートピア

  • ハンバーグ
  • 甘夏ジャムで炊いたキャロットグラッセ
  • 水菜と春菊、椎茸の梅海苔汁
  • 納豆
  • もち麦ごはん

 わたしが花の教室に出かけているあいだに家主がハンバーグの種を作ってくれていた。どこまでおかあさんなんだ。家主が焼いているのをうしろで『ガンダーラ』の節で「♪ハンバ〜グ ハンバ〜グ 合挽肉でハンバーグ〜」と歌って応援する。本当は"They say it was in India"の部分も替え歌したいのだがいい案が思い浮かばない。ハンバーグは焼き加減もすばらしく、ソースも絶妙で、ひたすらうまいハンバーグだった。キャロットグラッセもあまずっぱくておいしい。家主と暮らす前は食べたことがなかった梅海苔汁は今やわたしの好物で、よく作ってもらっている。「お店なら1200円とれる定食だよ」と賛辞をおくる。
 夕飯後、1人で『新しい波24』録画を見る(家主は『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』の積録を消化していた)。ちょっとびっくりするぐらいどのネタも構成や演技が優れていた。そういうデキる若手を集めたのだろうけれど、彼らを見つけて選んで集めたフジテレビの今後に期待してしまうほどだった。気に入ったネタを何度か繰り返して見ているといつのまにかうしろで家主も見ていていて、今の若い人たちは逃げがなくてちゃんと考えてるし演技が巧いよね、世間への恨みや独自の世界観みたいなことを持ち出さずに楽しそうにネタやるし、と言ってきた。
 淡々と録画消化し、意を決して『ミュージックステーション スーパーライブ2016』にとりかかる。4時間あまりあるんだよな……と気を重くして録画リストのそれにフォーカスを合わせると、録画時間が45分と短くなっていた。家主が編集し、お互いの好きなミュージシャンと限定コラボだけを残してあとは切ったのだそうだ。至れり尽くせりだ。小室哲哉×HYDEの『DEPARTURES』も入っていた。HYDEが小室さんと背中合わせに座るところなんかテレビの前でひゃーっと声が出た。家主がいま夢中の上白石萌音による『なんでもないや』もあって、礼儀として飛ばさずに見ていると家主が、この歌は前半と後半とで女性の歌い方と男性の歌い方を歌い分けているように聞こえると言い出した。言われてみれば前半はやさしく後半は勇ましい気もする。E-girlsAKB48の様子もちらちらと入っていて、これもきっと家主が見たくて残したのだろうが、さすがにこれはつきあわなくていいよなと飛ばして星野源やRADIO FISH→ピコ太郎などをチェックして終了。テレビを消して寝じたくをしていると家主が、さっきの録画のAKBはAKBの本編を残したんじゃなくて星野源が出てくる直前のAKBが数秒残っていただけなので飛ばさず見れば星野源を余さず見られるようになっていたとぼやく。そういうのは見ているときに言ってくれ。

輪飾りの針金

  • 昼:牛すきうどん、納豆
  • おやつ:うさぎやのどら焼き、自家製あんこ(の味見)

 午前中だけ働いて仕事納め。部内では自分だけの出勤とはいえ、他の月と変わらず最終営業日としての仕事があふれていて納めきれず。年明けでもいいものはあふれたままにして他の部の人に挨拶して退勤。
 帰宅すると家主が床を水拭きしていた。ガス台の土鍋に火がついていて、わたしがコートを脱いでうがい手洗いを済ませると土鍋からうどんをよそってくれた。ゆうべのすき焼きの残りで煮たやつ。卵を落として食べる。うまい。風呂掃除、シンク磨きが終わったという。ていねいに掃除されて、家のあちこちが少しずつ明るくなっていく。
うどんを食べ終え、すぐにコートを着てまた外出。こんどは花の教室へ。子どもの頃、土曜日、学校から帰ってきて、母が出すごはんをかっこんで習い事にむかったのを思い出す。
 花の教室は臨時で迎春アレンジ講座。花の種類や処理のひとつひとつに先生が「この花は散らない、花もちがよく折れにくいから縁起が良い」「ワイヤーをひっぱりすぎて切れると縁起が悪いから慎重に」と縁起の良し悪しを言っていた。自分に用意された松や梅の枝ぶりが独特で、先生に相談しながら活ける。海老のような形になった。正月らしいといえばらしいかも。レッスンの最後におやつとしてうさぎやのどら焼きが出た。その場で食べずにかばんにしまう。
 自分が活けたアレンジのほかに、先生方(=お花屋さん)作の立派な水引リースも予約していたので受け取る。先生にはなんども「29日のきょう飾っちゃダメよ。正月飾りは28日か30日に飾るのよ」と念を押される。29日は二重苦、31日は一夜飾りといわれて縁起がよくないそうだ。二重苦って何と何の苦だろう。珈の香でコーヒー豆2種類を買って、えいえい自転車こいで家路。帰ると家主は雑誌『俳句』を読みながらあんこを炊いていた。その間にシンクの排水溝を漂白したという。
 活けた花を見せる。花に添えた水引も自分で輪をつくったのだ、と説明すると、家主は読んでいた『俳句』1月号のページを見せてきた。池田澄子さんの《輪飾りの針金ぐいと藁に隠す》という句があった。そう、まさにそれ。
 コーヒーをいれてもらい、炊いたばかりのあんこの味見と持ってかえってきたどら焼きを半分こしておやつ。あんこはまだ豆々しい。

勉強できる子卑屈化社会

 12/9放送の『タモリ倶楽部帝国書院特集で、地図帳を見ているとき、ゲストの能町みね子さんが「わたし、この……"日本の市と人口"のページを……(学生当時)ほぼ……おぼえてしまって」とおそるおそる言った。両端にいたタモリさんと小峠さんは声を揃えてエーッと驚いていたが、テレビの前のわたしは「心得ております」と思ったし、能町さんをかわいいと思った。無邪気な子どもに思うように。『勉強できる子卑屈化社会』を読んだばかりだった。

勉強できる子 卑屈化社会

勉強できる子 卑屈化社会

 "勉強できる子"がいかに周りから軽率に居場所をとりあげられてきたか、といった問題提起から、その原因分析と打開策まで、かろやかに穏やかに、しかし切実に訴えている。あるある本のつもりで気軽に読みはじめたし、おもしろいのでサクサクと読み進むが、これはかなり本気の教育書だと思う。
 "勉強ができる"のは、運動が得意、絵を描くのが得意、などと同じく一種の才能であり個性である。野球が楽しいと感じる子が、もっとうまくなりたくて練習する。ものを知るのがおもしろいと感じた子が、目の前にある教科書を読み込んでいく。どちらも好奇心や向上心の延長にあることなのに、なぜか"勉強できる子"だけは他の個性を持つ子とちがって悪役を担わされる。その「なぜか」をこの本ではとても丁寧に考察していて、日本で生活しているといかに念入りに「勉強ができる=いやな奴=否定してよい」の刷り込みを受けているかを知る。
 その考察も、("勉強できる子"としてあんなに理不尽な思いをしてきたはずなのに同レベルでやりかえさず)誰かを集中して責める書きかたをしていないのがやさしいし、賢い。それは著者が「敵を作って戦いたいのではなく、問題をなくしていきたい」と目的を見据えているからだろう。勉強する人(知ること、考えることを厭わない人)は、理不尽さに対してこういう手段がとれるということもよくわかった。本当の賢さはやさしさになる。
 ところで、本書のイラストとインタビューゲストが彼女だからというわけではないが、この本の賢さとやさしさに、能町みね子『雑誌の人格』を思い起こした。『雑誌の人格』は「どんな生き方であれ、誰もが"よく生きたい"と願い、己を心からないがしろにする者はいない」といった毅然としたやさしさが浮かび上がってくる、人類肯定に満ちた本だった。わたしはそう読んだ。『勉強できる子卑屈化社会』も、勉強云々にかぎらず「どんな境遇でも"傷つけていい人"などいない」という、ただただ真理に収束していく。本当の意味での機会の平等を認めよう、として掲げられた219ページの5行には思わず涙を落とした。
 そのようにひたすら「勉強ができる子を否定しないでほしい」と訴えながらも、しかし後半では勉強ができることで居場所をなくしている人にむけて「あなたは得意なことを褒められず理不尽と思うかもしれないが、ではあなたは誰かを褒めているか?」と投げかけているのも良かった。あなたが誰かのいいところを見つけて褒めれば誰かもあなたを素直に褒めるだろう、あなたの不遇は(考えるのが得意なあなたにとって)単純な理屈で解消できる、と説いているのがイカしている。
 あとは、そうだな、神田うの佐々木恭子アナにも好感を抱いたし……。とにかく例の多さとその幅が圧巻で、偏りのない収集とブレない考察に、なるほどこれが"勉強好きな子"の書いた本なのか!というおもしろさもあった。精神的にとても大人な本なのだけど、これをまとめあげる作業には子どものような見境ないパワーを思う。
 だから、この本を読んだあとに見たテレビで能町さんが「日本の市と人口をおぼえた」と言ったときに、わかります、衝動ですよねと承知して、そんな能町さんをすごいなーと感心しながらも無邪気でかわいい、と思ったのだった。虫眼鏡で昔の地図をいつまでも眺めているタモリさんもいとおしかった。
 この本は、現役あるいはかつての"勉強できる子"本人以上に、"勉強できる子"がクラスにいる人や、親戚や知り合いの子など無責任な間柄にいる人こそが読むべきで、つまり各世代の全日本人が読むべきではなかろうか。

* * *

 それにしても『タモリ倶楽部帝国書院特集は良かった(以降は番組の感想)。わたしは誰であってもキレ芸が苦手で、だから番組に小峠さんが出てきたとき「うわ、あまりキレませんように……」とひるんだのだけど、タモリ倶楽部には小峠さんの怒りを煽る役がいなかったからか、地図に興味がないという小峠さんは進行に障らぬていどの適切な興味なさを発揮していて、声を荒げることがなく、場が盛り上がれば気持ちよく笑い、その笑い方が妙に男前で色っぽかったので「あっ、この人モテるだろうな」と思った。タモリさんも能町さんも、地図大好きのワクワクがあふれていて本当にかわいかった。
 大正時代の地図をタモリさんと能町さんが熱心に虫眼鏡で見ているとき、手持ち無沙汰な小峠さんに対し新人のアナウンサーが「小峠さん、なにか……気になることありますか?」ととつぜん振った。「……ない、ですね」と小峠さんが答えるとみんなデショウネ〜という感じで笑ったのだが、そのときタモリさんだけは笑わずに、持っていた虫眼鏡をサッと小峠さんにむけて覗いてみせたのが良かった。